- 2013/12/23
ポーラーエクスプレス、いい話なんだけど、アニメーションがギョッとします。
子供たちが釘付けでした。字幕なのに、話がわかったのかしら。でも、楽しそうに見ていたので、良かったです……

ずっと楽しみにしていた良いこと悪いことの最終回。
宇都見が犯人で解決したと思ったら、東雲と今國もというグルだったという展開。驚きはなかったけど、納得感はありました。ムチャ過ぎないので。
伏線もすべてを意味づけて回収しようとしていないところとかは逆に好感が持てます。リアルっぽくて。(こんな殺人事件、リアルなわけはないのですが。)
これからのサスペンスというかミステリーは、このぐらいの脚本が良いと思います。
そして、毎回、人が死んだり、謎が解けたり、とテンポが良いのも、引き込まれる理由だったと思います。テンポは連ドラでは必須の要素ですね。
あと、「いじめ」はダメ、「加害者は許されない」という重いテーマを一貫して、ミステリーの影で言い続けているのもいいですね。
TVerで再生回数が1位だというのも頷けます。

※ネタバレありでまとめます。まだ余韻を大事にしたい人はここで離脱推奨。
物語は、「ある出来事」をきっかけに交差していく複数人の人生を描く群像サスペンス。
タイトルの通り、このドラマは一貫して**「善意と悪意の境界線」**を問う。
中心にいるのは、
善意から行動しがちだが、判断が未熟な若者(ター坊)
物事を俯瞰し、感情を排して動ける大人たち
正義の顔をした“制度側”の人間
視聴者は自然とター坊に感情移入する構造になっている。
彼の行動は間違っているが、気持ちは理解できる。
その結果、視線は「彼が犯人なのか?」という一点に集中する。
ター坊は途中で死亡。
この瞬間、単純な犯人探しは破壊される。
「一番罪を背負わされそうな人物」が退場
感情の受け皿が消える
残るのは、冷静で、合理的で、立場のある人間たち
最終回に向けて浮かび上がるのは、
「悪いことをした人は誰か」ではなく
「悪い結果を確定させたのは誰か」
という問い。
明確に「この人が真犯人です」と断定されない形で終わる。
行為・動機・責任が分散され、
視聴者自身が“真犯人”を定義するしかない構造が残される。
テーマ性の強さ
善悪を白黒で描かない
観終わったあとに必ず議論が起きる
構造の意地悪さ
共感させてから突き放す
「感情で見た人ほど傷つく」設計
ター坊というキャラクター造形
未熟さ・善意・弱さの混在がリアル
スッキリしない
真犯人をはっきり示さない
カタルシスはほぼゼロ
サスペンスとして見ると肩透かし
推理ものを期待すると裏切られる
最終回が「冷たい」と感じる人も多い
これは
「犯人当てドラマ」ではない。
「責任をどう定義するか」を視聴者に押し付けるドラマ。
気持ちよく終わりたい人 → 向かない
モヤモヤを持ち帰りたくない人 → 地雷
でも
現実の社会構造に近い話が好きな人には、かなり刺さる
一番近い後味を言語化すると、これ。
「一番悪いことをした人は、
一番目立たず、一番冷静で、
そして最後まで生き残っている」
優しくない。
でも、その不親切さがこのドラマの“正解”。
たぶん時間が経ってから、
ふと「あれ、やっぱり嫌なドラマだったな」と思い出す。
――そういう作品です。