自分らしさ、って事前に決めるものじゃなくて、結果が出た後に振り返って、自分らしかったというものなんでしょう。だから、好きに生きろ、ってことですね。賛成です。
https://toyokeizai.net/articles/-/189982
「私は、忙しい人である!」をはじめとして、「私とは、面白い人である!」とか、「私とは、けっこうデキる人である!」などといった、心を縛りつけるもろもろの呪いです。
こうしたイメージがいったん生み出されてしまいますと、そのイメージに沿う出来事しか、心は受け容れたくなくなります。
それの何が問題なのかと申しますと、イメージに沿わないことは、誰であっても刻一刻と発生することです。
どんなにデキる人でも、調子は、脳内での多様なホルモンの分泌状況の変化に応じて、変動し続けています。ですから、その人物なりによりデキるときと、よりデキないときが当然ながらあります。
その変動は、外から他人が見てもよくわからないかもしれません。けれども、本人にとっては、よりデキるときは「デキる私」のイメージに合うのでうれしいでしょうけれども、平均よりも調子が落ちるときはイメージに反するので苦しく、ストレスフルな時間になることでしょう。
そして最大の問題は、これから起こる出来事が、「私はこういう人間」というイメージに合うのか合わないのか、誰にも事前には予測し切れないということにあります。
これから、「面白いイメージ」どおりにいくかどうか、「デキるイメージ」どおりにいくかどうか、それは、やってみないとわからないのです。たとえ今回はイメージどおりにいっても、「次はわからない」「だからイメージどおりにすべく頑張らないと!」という緊張と圧迫感が付きまとうのです。
つまり、「〇〇な私」というのを保つために、「こうしなきゃ」「ああしなきゃ」が増えていき、心が休まりません。