この柿のジェラード、あまり食べたことのない味ですが、甘すぎず、美味しくいただきました。
他に、だだちゃ豆のおにぎり、お米のパンも大満足の味でした。


餅つき、最高っー。
朝から20個ぐらい食べました。
でも、それ以外はいまいち。
夕食は食堂のようなところの個室だったんですが、冷房が効きすぎていて最悪。
米沢牛と山形牛の食べ比べは石焼きだったのですが、食べ初めて間もなく、熱い石が持ってこられて、急かすように食べさせられ不快でした。
もう、行かないと思います。

部屋から夕日が見えるし、海水浴場も近いので、子連れにはいいロケーションです。
お酒は何でも飲み放題というのに惹かれて、無理して最上階の100平米ぐらいの部屋にしてみたのですが、わざわざするまでもなかったかなと思いました。
まず、そんなに飲めないし、飲むたびに注文しなければならないので、自分のペースで飲めないというのがその理由です。
とても楽しかったです。また飲みたいなぁ。
強烈な体験を共有しているせいか、会うのは20年ぶりぐらいなんですが、歳月を経ても違和感がないですね。
話しているのは、どこからどうみてもおやじ連中というのは言わない約束です。

いやあ、読んで良かった。
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別に「銀の匙」をスローリーディングしたいということではありません。
身近なものを使っていろいろなことに興味を持ちながら、対話型で頭を使うことが、賢くなるための最良の手段ではないかと思っていて、そういうふうに子どもたちに接することこそが真の教育だと思っています。先生とか親とかは適切な環境を用意することと、壁打ちにおける壁役に徹すること、の2つの役割だけ果たせば良く、それ以上は百害あって一利なしとまで思います。モンテッソーリ教育の原点だと思っています。
こんなポリシーに基づいて、人を育ててみたいんですよね。
思い返してみて、ちょっと前に、先生も親も教えすぎなんじゃないの、と警鐘を鳴らしたのもその1つの事象です。
http://konchan.net/x/archives/3274
正月に教育にこだわりたいと言ったのも、そんな気持ちの表れだと思います。
とは言え、教職すら持っていない私に対して、どこからもオファーなんてあるはずもありません。仕方がないので、自分の子どもたちを実験台にしちゃうことにしました。自分がいいと思う題材を集めて、週末に子どもたちにぶつけ、反応が良いものは、関連する本なり、教材なりを探してあげればいいかなと思います。
まあ、とりあえず、やってみましょう。

とりあえず、時が解決するものと信じています。
なきゃないで困らないんですけどね。
いつも夜中にうるさいカブトムシが最近ずっと静かだと不思議に思っていたので、調べてみたら、首がもげて死んでいました。
えっー、なんで?
死んでいるのはやむなしとしても、首がないというのはいかがなものか。
自分で首をもぐとは思わないし。。。
来年はクワガタがいいな。
お金出してもいいから、ノコギリクワガタが欲しい。
早く寝れば、早く起きれると思ってはいるのですけど。。。
シーズン当初はどうなるかと思いましたけど。。。

いつも、あさりしか食べれなかったので、はまぐりを食べれて大満足。
あまりにも興奮して、大盛にするのを忘れちゃいました。それだけが心残り。
スープまで完食。