でも、2人ともカーリングに興味を持ってくれたから、それでいいか。いつの日にか、家族全員でカーリングしに行きたいものです。
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育児は育自です。でも、わかっちゃいるけれども、なかなか自制心をもって、子どもたちに接することは難しいです。等身大の子育てを赤裸々につぶやいています。

でも、2人ともカーリングに興味を持ってくれたから、それでいいか。いつの日にか、家族全員でカーリングしに行きたいものです。
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右の写真は、おばあちゃんにということで、私の母も大喜び。
私は、長女が独り立ちしつつあることの嬉しさと、一緒に旅行に行くことは、もはやそんなにはないんだろうという寂しさとが混じって、「うれびしい」気持ちでいっぱいです。

なんかおかしいなと思ったらしく、LINEは来ていたんだけど、行く塾を間違えるかぁ、ふつう。
そういえば、長女も昔、家から徒歩10分ちょっとの日能研に行けずに、焦って電話がかかってきたこともあったなぁ。
そういうDNAなのかしら?

中学受験でよく話題になる入口と出口の偏差値ってヤツがあると思うんですが、長女の場合はどうだったんだろうと考えてみました。
偏差値は母集団が違いすぎて比較のしようがないけど、+5ぐらいの偏差値のところに進学したから、まあ、妥当なラインなんですかね。または、御三家が早慶以上東大未満と勝手において、そこから順繰りにランクを下げて行っても、同じような結果になります。
つまり、入口と出口は、あまり変わらなかったということじゃないでしょうか。
個人的には、中学受験時に塾に行かずに、結構、のんびりとやったから、伸びしろがあるというか、後伸びするタイプだと、根拠レスな期待をしていたんですが、そうでもなかったです。
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流れで、大学受験までのんびりやってしまったんでしょうか。見ている感じ、そんなに手を抜いていたという印象はないですけど。
でも、よくよく考えれば、現役で大学に行けるというだけで、素晴らしいことだと思います。
自称、神武以来の大天才の私の大学受験の現役時は、全落ちでしたから。覚悟はしていたものの、全落ちって悲しかったですね、さすがに。
本人も第一志望ではなかったものの、それに次ぐ大学だったんで、良かったです。
そうなってくると、大切なのは、中高の多感なときに、6年間一緒にいる、長女たちの場合、途中でコロナにより、交流できない空白の2年間みたいなのがあるわけだから、猶更、知っている友だちができていて、結果、良かったのかなぁ、と思いました。
振り返ってみて、10年前のブログで言っていることは、あながち間違っていなかったと思います。
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結論から言うと、「素質がなければ、受験はさせない」という日頃言っていることにつきます。自分自身の基本ポリシーが“長所を伸ばす”なので、それを実践するだけです。
もし、受験することになった場合、学校を選ぶ基準は以下の3点です。
1:「余力のない学校には行かせない」
2:「選択肢の狭める学校には行かせない」
3:「人数の少ない学校には行かせない」
ということで、答え合わせ終了。第二弾に続くかもしれないけど、いったんはこんな感じ。
一応、及第点じゃないでしょうか。

自分自身もあまり使わないですしね。お金がもったいない。
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Instagramより
https://www.instagram.com/hiroplusplus/

まあ、確かに、友だちがいるとふざけちゃうタイプではあるんですけどねぇ。
でも、家で勉強しようとしても怠けちゃうタイプでもあるから、強制的に勉強する状況に追い込んだほうがいいんじゃないか、とも思うんですけど、どうでしょう?

まず、何よりも、文章が読みやすかったのが良かったです。どんなに素晴らしいことを書いていても、読みにくいと寝落ちして最後まで読めなくなっちゃうので、それだけでありがたいです。文章が下手くそな人には、AIで添削することを義務付けて欲しいぐらい。
で、本題です。
たかが学歴、されど学歴
学歴を獲得するために、というよりも、偏差値を2から3上げるために、塾に通うなど課金して、生涯年収にどれだけ影響を与えるかという話は面白かったですね。まあ、経済合理性のある金額感で良かったです。その中でも、医者だけは別格にコスパが良いみたいな言い方でしたけど、医者の激務っぷりだったり、医療過誤等のリスクだったりを考えると、そこまで、とは思えませんでした。
国立と私立、特に文系のおける違いはその通りだと思いました。受験教科の数により、合格のための戦略が変わってくるのもその通りです。数学が得意な文系だった私は、完全な国立タイプで、なぜか私立文系なのに数学で受験できるところを狙い撃ちして受けた記憶があります。
日本の高校までの教育レベルは高い
日本の教育はコスパが良いというのは、高校までは全くその通りだと思っていて、底辺を含めて、公教育でここまでやってくれている国はそんなにないんじゃないかと思っていたので、納得感がありました。そして、その理由の1つに、中学も高校も進学実績という形で競い合っているので、どんどん良くなっているという話は目からウロコですね。
大学はその点、競争に晒されていないので、レベルが低いということになるわけですが、あまり、手間のかかる課題とかをやらないと卒業できないということはない緩さなので、逆に、自分のやりたい勉強をじっくりできるというメリットもあるということでした。そんなものかなぁ。
中学受験はダービースタリオンだ
これは完全に同意。中学受験、特に、その中でも算数は「中学受験算数」という特殊分野だと思います。IQを測定するパズルみたいなもんかもしれません。得意な子どもはいいけど、苦手は子どもには地獄でしょうね。中学受験をさせるかどうか、考えるときは、「中学受験算数」の資質があるかどうかを考えて、ここに難があればやめたほうがいい気がします。この「中学受験算数」が後の人生の中で、出てくるのは、大学生のときの塾の講師のバイトか、就職活動時のSPIなどの適性検査のときぐらいですから。
格安の公立中学からの高校受験ルートで学歴獲得競争に勝つ
大昔からの持論ですが、首都圏においての入学試験の難しさは、「中学受験>大学受験>高校受験」だと思っていて、特に、高校受験は、中学受験の合格者たちが軒並みいなくなっている、低めの母集団で戦うので、他と比べて、非常に緩いと思っています。だから、高校受験は狙いめ。つまり、中学受験では、本当に通わせたいと思う学校でなければ、受かっても通わせないという選択肢が正しいんじゃないかと思っています。高校受験で再チャレンジすればいいわけですから。
とはいえ、我が子が、全落ちして、どこも行くところがないとかなったら、パニックなって、どこか今から出願できる学校を探したりしますよね。それが、親心。でも、そこは、冷静に次のチャンスに賭けたほうが良い気がします。
日本の教育に足りないものを家庭で補う
これは英語のことですね。英語教育、とっても大事だと思うし、私の英語力のなさが、年収が伸び悩んでいる原因の1つであるというのは否めません。だから、子どもたちには、英語は大切だと言っているのですが、なかなかピンと来ていないようです。いや、ピンと来ているけど、行動に移せないのかな。それとも、オヤジの言うことに説得力がないか・・・
ただ、私が思うのは、英語力も大事だけど、母国語力がもっと大切な気がしています。人間の思考は言葉を用いて行われるので、この母国語があやふやだと、深い思考ができないと思っています。なので、英語を学ばせることも大切なんだけど、それは、母国語の教育により力を入れるか、もはや、母国語を英語のしちゃうというのが良いと思います。英語が母国語だと、もはや日本人ではないですけどね。日本国籍を持ったグローバル人です。
などなど、いろいろと考えさせられる本でした。繰り返すと、文章が読みやすいのが素敵でした。
子供の教育には多大な費用と時間を割かねばならない。家庭の限られたリソースを使って、いかに効果的に果実を得るか。中学受験と高校受験ではどちらがコストパフォーマンスがいいのか。身も蓋もないが、子供にはできれば一流大学を卒業し、高い年収を得られるやりがいのある仕事に就いてほしい。そんな親心に応えるべく、膨大なリサーチと実体験をもとに、子供が現代の学歴獲得競争で勝ち抜くための戦略を論じる。
参考までに、10年前に書いた、中高一貫校を選ぶ基準は「余力のない学校には行かせない」「選択肢の狭める学校には行かせない」「人数の少ない学校には行かせない」でした。
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今となっても、そんなに変わっていません。もう使う機会はないですけど。

つらい不妊治療まではしなくて良いと思うけど、敢えて作らないという選択肢は取らないことをお勧めします。
子育ては意外に楽しいし、一生の宝物となる思い出を与えてくれます。
私は40年近く、そのDINKsと呼ばれる生活を続けてきて、つい先日還暦を迎えてしまった。
しかしながら、正直DINKsという道を選んだことを後悔している。
子を持たない選択をした20代の自分の価値観や知見と、実際にそのまま突き進んだ先にいる60代の自分の価値観や知見との間に大きな乖離があった為だ。
平易に言えば、若く経験もない20代の頃に考えていた「合理的な選択肢」は、そこから40年近くの人生経験を積んだ60代になってから見えてきた「真に合理的な選択肢」ではなかったということになる。

いやー、なかなかしんどいですね。少子化だから、大学受験なんて、どんどん簡単になっているはずだと勝手に思っていたんですけどねぇ。

なんとか進路決まって欲しい。っていうかつらい。本人もつらいだろうに、見た目は平常心。そこは素晴らしいところ。