前回は家族連れで盛り上がらなかったので、独りで夕食に利用。間の悪いことに、宴会とバッティング。うるさすぎて、さすがに落ち着かない。
そそくさと帰ろうとしたけど、レジの前にたむろっているので、邪魔なことこのうえなし。
なんだか惜しい店ですね。
http://tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13009952/dtlrvwlst/5901771/

前回は家族連れで盛り上がらなかったので、独りで夕食に利用。間の悪いことに、宴会とバッティング。うるさすぎて、さすがに落ち着かない。
そそくさと帰ろうとしたけど、レジの前にたむろっているので、邪魔なことこのうえなし。
なんだか惜しい店ですね。
http://tabelog.com/tokyo/A1320/A132001/13009952/dtlrvwlst/5901771/

ラーメン390円というような看板を昔から見ていたせいか、かなり安くで食べれるという印象でしたが、メニューを見ると、それほど安くはありませんでした。
餃子をセットにしたり、素ラーメン以外のものにしたりすると、そこそこ高くなします。大盛にもお金がかかります。
がっかりしながら、辛ネギラーメンを大盛で注文しましたが、出てきたのは大盛じゃなかったです。うーん、接客もいまいちですか。
周りは、学生さんらしき集団が、居酒屋で騒ぐモードで食べていて、うるさいのは我慢できたけど、会計を1人ずつ払う段取りの悪さにいらいらしちゃいました。まあ、食事をするという意味では雰囲気もあまり良くはないですね。
ということで、かなりがっかりしました。

この日のサービス品は餃子0円とホタルイカ10円。
0円と10円!-どういうことなんだろう。でも、これを頼む以外に選択肢はないでしょう。
そして、生ビールが490円のところ、1時間飲み放題にすると790円。2杯飲めば元を取れるということなので、即注文。結局、1時間で6、7杯飲んじゃいました。
お通しで出てきたキャベツがおかわり自由だったので、おかわりして、お通し代込みで約1000円。安すぎ。
かなりハイペースだったため、酔っ払っちゃいました。店の名前からすると、手羽先がお勧めなんだろうけど、特に注文することもなく、コストパフォーマンスだけを追求しました。
別に料理がまずいわけでも、接客が悪いわけでもないですが、「安さ」がウリの店であることは間違いありません。
夜総合点★★★☆☆ 3.5
本当にいい叱り方とは、というタイトルに釣られて読んだけど、中身がなさすぎ。思わずどこかに書いている重要なことを読み飛ばしたのかと思い、読み直ししちゃいました。
http://allabout.co.jp/gm/gc/440577/
「ポジティブな叱り方」とは、効果があるばかりでなく、叱ることで子供のその後にプラスになる叱り方のこと。 逆に、「ネガティブな叱り方」とは、効果がないばかりか、子供のその後にまでマイナスの影響をおよぼす叱り方のこと。
いやあ、これじゃあ、わかりません。結果や効果で定義されても意味がなくて、具体的な言動で定義するべきでしょ。本当にガイドとして適切なんだろうか。

もはや、故意か重過失かはどうでもいい。というより、科学者なら故意と断定していいんじゃないかな。
もてはやされ、捏造がばれた、ゴッドハンドのことを思い出すのは私だけでしょうか。でも、ゴッドハンドも世間は忘れ去っているので、小保方さんも少しの辛抱ですね。
発見効率の良さや発見の様態が不自然であるとする意見、藤村をはじめとする東北旧石器文化研究所の「業績」への疑義等はあったが、学会では少数派であり、考古学界はこうした意見をほとんど軽視、または傍観してきた。藤村が所属する団体の調査結果に疑念を抱く考古学関係者もいた。しかし、それを糾弾する人は少なく、疑念を抱くほとんどの人は彼らとの関係を絶って自分の研究業績に傷がつかないように保身した。彼らも意図的な捏造ではなく、勘違いや混入品だと信じていたようである。
発掘現場での藤村の不審な行動に疑念を持った人からの情報提供に基づき、毎日新聞北海道支社がチームを編成しての取材に着手した。発掘の現場に張り込みを行い、藤村があらかじめ石器を遺跡に埋め込み仕込んでいる様子の写真・ビデオ撮影に成功した。その後、直接の取材と捏造の確認を経て、2000年11月5日の朝刊で報じた。それが発端となり、それまでの業績のほとんどが捏造であることが判明し、日本からは確実と言える前期・中期旧石器時代の遺跡が消滅した。このため、過去四半世紀に及ぶ日本の前期・中期旧石器時代研究のほとんどが価値を失い、登録遺跡(埋蔵文化財包蔵地)の抹消・教科書の書き直しなど、大きな影響が生じた。彼が捏造にかかわった遺跡は宮城県が中心であるが、調査の指導などで呼ばれた北海道から関東地方まで広い範囲で捏造を行っていた。
藤村に対する告発も検討されたが、現行法では罪に問うのは難しいとして見送られた。2003年に福岡県の考古学者が藤村新一を偽計業務妨害の疑いで告発したが、仙台地方検察庁は証拠不十分として不起訴処分にした。
事件後、藤村は瑞巌寺の修行専門道場に11月末まで数週間滞在。その後は東北のある病院にしばらく入院していた。病状を理由に入院先の詳細は公開されなかった。またこれまで戸沢充則(明治大学名誉教授、日本考古学協会特別委員〈当時〉)が面会して捏造事件を引き起こした理由その他について告白を得た他は、病状悪化を理由に面会謝絶の状態が続いていた。2001年2月には妻と離婚。家族は事件を原因として激しい嫌がらせを受けていたという(週刊朝日2001年10月26日号)。
藤村の弁によれば、功名心から捏造を始めたものの、「神の手」などともてはやされるようになり、プレッシャーから捏造を続けてしまった、とのことである。さらに当初は、捏造は一部と思われていたが、捏造の範囲が相当に広いことが判明し、世論は厳しさを増した。解離性同一性障害を発症し、障害者認定を受ける。一方、2003年に入院先で知り合った女性と再婚している。また、右人差し指・中指を自ら切断した。
後に福島県の障害者就労支援のNPOで勤務した。そして、遺跡等の捏造に関する記憶は精神疾患により残っていないと述べている(週刊新潮2010年11月11日号)。2010年11月、妻の精神的治療に専念するという理由で上記NPOを退職する。東日本大震災の際は一時期避難生活を余儀なくされた。現在は南相馬市で年金暮らしをしている(週刊新潮2012年9月27日号)。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E6%9D%91%E6%96%B0%E4%B8%80
かなりドン引き。内輪の飲み会の席で言うならともかく、講演会で言うなんて。ビジネス上の報復なんて、当然あることだと思いますが、これを意気揚々と語る神経がわかりませんね。俺に楯突いたらどうなるかと、脅したかったのでしょうか?
http://bakankokunews.blog.fc2.com/blog-entry-1973.html
「ワタミがまだ、ちっぽけな居酒屋だった頃からウチで働いてくれてた創業メンバーのひとりが独立開業したいからワタミをやめると言って、辞めたんです。
その頃にはワタミも大きくなっていて彼も何百人もの部下を抱える地位に付けてあげていたにもかかわらず辞めた。
独立と言っても、驚いた事に彼はワタミのフランチャイズオーナーにならなかった。
彼はワタミを辞めたあと、ワタミと競合する商売ガタキとして飲食店開業したんです。
こうなるともう、恩をアダで返した敵ですから、もちろん全力で潰しました。
彼の店のすぐ近くにワタミを作って、その店だけ他のワタミよりもうんと安くした。そしたら彼の店、潰れましたよ。
その彼ですが、自分の店が潰れたあとワタミに戻ってきてくれたんですよ。うれしかったですねー。
彼も一度ワタミを飛び出して、それでようやくワタミの素晴らしさがわかってくれたんです。
彼は、なんでもやるからワタミでやり直ししたい!そう言ってくれたのでトラックの運転手として雇いました。
彼は辞める前は部長の地位でしたが、今は一番下の新人運転手としてがんばってます」
いやあ、いい感じ。思っているより人気が出ないのが不思議です。

ベネッセは量は少ないけど、質としてはいい感じだと思います。結構、わからないものがあったりして、鼻をへし折られることも。。。
一応、間違えた問題をもう1度やれるように、ノートを作ろうと思っているんですが、結構、面倒くさい。この作業を誰かやってくれるといいのになぁ。

もう、ガツガツ、パンチを打っているだけ。前に出て、がむしゃらに強いパンチ。体を前かがみにしながら、のぞき込むようにして、右パンチ。単純だけど、ぶれない姿に感動。
本当は、「無敗で引退」というキーワードで写真を探していたんですが、ストーリーを変えてでも、ロッキー・マルシアノを使いたい。そういえば、まだプレゼンをやらせてもらえると決まったわけではないんですけど。ふざけすぎという評判のせいで。
それにしても、すごいKOシーン。首がもげそう。
当初はプロ野球選手を目指していたが挫折。3年間の兵役中にボクシングと出会い、1947年3月にプロデビューし、3回KO勝ちを収めた。
マルシアノの出世試合は1951年10月に行われた、元世界王者ジョー・ルイスとの試合である。ジョー・ルイスは37歳になっているとはいえ、世界王座を25度も防衛した国民的英雄であった。しかし、マルシアノはこの英雄を8回にリング外に叩き出すノックダウンを奪い試合を終わらせた。試合後、尊敬するルイスに勝ってしまったため、泣きながらルイスに謝っていたと言う。
そして1952年9月23日、いよいよ世界王座に挑戦する時がやってきた。当時の世界王者ジョー・ウォルコットに挑戦したマルシアノは初回に強烈なダウンを奪われる大苦戦を強いられることになる。12回まで圧倒的に不利なラウンドが続いたが、13回にドラマが訪れる。高性能爆弾とも形容されたマルシアノの強烈な右フックがチャンピオンの顔面を直撃すると、チャンピオンは前のめりに崩れ、そのままカウントアウトされた。チャンピオンの首がねじ切れんばかりの、この超破壊的な右フックは「スージーQ」と名付けられた。
以降1年に2試合のペースで防衛戦をこなしたが、1955年9月アーチー・ムーアと6度目の防衛戦に9回KO勝ちしたのを最後に「もう戦う相手はいない」という名台詞を残し1956年4月に引退した。
1969年8月31日、アイオワ州において搭乗していたセスナ機の墜落事故により死去。46歳の誕生日を迎える前日の出来事であった。また、晩年は現役時代の打ち合うスタイルのためか頭痛に悩まされていたと言う。
「生まれてきた時に殺せば良かった」イラクの独裁者サダム・フセインにそう言わしめた、彼の長男ウダイの話です。そんな長男がいるとは知らなかったので、衝撃的でした。最後に、2つのこと以外、ノンフィクションだという説明があり、なおさらです。
こんな酷いことがまかり通る世の中でない国と時代に生まれてきたことに感謝です。
で、そんな私の思いとは関係なく、映画は進んでいき、影武者となったラティフの苦悩は深まるばかり。が、逆らえば、一族、殺されてしまうのがわかっているだけに、もどかしいです。
ラティフの父親の別れの言葉も泣けてきました。
見終わってスッキリというわけにはいかないのですが、とてもいい映画でした。
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世界を驚愕させた、真実の告白!
20世紀最悪の“プリンス”の影武者を生きた男の衝撃すぎる実話! !世界中の国家を敵にまわしたイラクの独裁者サダム・フセイン。
彼には、タブー視されていた息子がいた。
`狂気の申し子’と悪名高く〈ブラック・プリンス〉と呼ばれた長男、ウダイ・フセイン。
そのウダイに、顔が似ているという理由で選ばれ、家族の命と引き換えにウダイの影武者を引き受けることとなった男がいた。
男の名はラティフ・ヤヒア。
整形手術と付け歯、徹底した所作訓練でウダイに酷似させられたラティフは、ウダイを生きることを強いられ、「サダムの息子が前線にいる」というパフォーマンスのためにと、戦火の地にさえも送られた。
莫大な資産と、全てを思うがままにすることを許される権力、毎夜抱き替える女たち、そして理由なき血への欲求…。
ウダイの飽くなき狂気に寄り添い、影武者として傍らで応え続ける日々に、自身を許容できなくなったラティフだが、彼には生死を選ぶ自由さえ許されてはいなかった。
逃げても執拗に追いかけてくるウダイと、ついに戦うことを決意するラティフ。
悪魔と対峙することを決意した彼は、どう立ち向かい、何を得、何を失うのか…。

楽しく、お酒を飲めるとは限らないのは力不足を感じ、反省です。でも、お客さん自身ももうちょっと頑張ってくれないと、と心底思うときもあったりしますけど。