長女のクラスでいじめが起きている。実はとてもいいことなんだけど、先生や親がぶち壊し。

長女のクラスでいじめが起きている。実はとてもいいことなんだけど、先生や親がぶち壊し。

いじめの話って、何だかタブー視されているので、あまり言われないけど、社会、とくに、会社などの組織では「いじめ」は普通のことです。

子どものいじめと違って、多くの場合、暴力沙汰にはならないけど、普通に陰口をたたかれたり、昇進の足を引っ張ったりすることは、よくあることです。

大切なのは、この状況をどう打開するかを学ぶことだと思います。

いじめている側は、いかに相手のことを思い、エスカレートする前にやめるか。いじめられている側は、いじめられなくなるためにはどうすればいいのかを考えて行動できるか。すごく、いいチャンスなんですよね。

それを、ヒステリックに子どもを怒り、力ずくで言うことを聞かせようとするなんて愚の骨頂です。そういう力ずくで、子どもをコントロールしようとしている人に限って、子どもに自主性がないことを嘆いたりします。コントロールと自主性は相容れないものだからあたりまえです。

多くの場合、コントロール志向の強い人に限って、自主性がないという批判をする傾向にあると思います。すぐ怒る上司に限って、部下が正直に報告しないと批判する傾向にすると思います。自業自得としか思えないんですけど。

いじめを自分たちで解決した経験したことのない子どもたち、少なくとも自分たちで解決しようとした経験のない子どもたちが、新入社員として入ってくると思うと、ゾッとします。何かあったら、すぐ傷つきそうだし、いちいち上司に告げ口されても困るし、親が会社に出てきたら、モンスター以外のナニモノでもない。いやだ、いやだ。

学校は小さな社会だから、巣立っていくための、練習台だと思うんですけどね。余裕のない大人たちが、ぶち壊している感じです。大人は最後の道を踏み外す前にストップをかけるのが役割だと思います。