もっとも、私の場合、泣くほど一生懸命にやったことなんて、何もないんですけどね。
5月24日に行われた叡王戦五番勝負の第3局。最終盤に形勢は二転三転したが、最後は藤井聡太叡王(竜王、王位、王将、棋聖、19)が競り勝ち、3連勝で叡王初防衛を果たした。タイトル戦では歴代2位タイとなる13連勝を成し遂げ、大山康晴十五世名人が持つ最多記録の17連勝に近づく中、終局後にがっくりとうなだれ、またファンの前で涙したのが挑戦者の出口若武六段(27)だ。終局直後は「もう一回鍛え直して上がっていきたい」と答えたが、大盤解説の会場でファンの前に立つと「ここで終わってしまうのはとても悔しいというか…」の後に言葉に詰まり、手で目頭を押さえた。堪えきれない悔し泣き。会場のファンからは、精一杯戦った出口六段に万雷の拍手が送られたが、その音が響くほどに、またさらに涙が溢れてきた。
初のタイトル戦。親、さらに師匠である井上慶太九段(58)から贈られた和服に身を包み、令和の天才棋士・藤井叡王に挑んだが第1局、第2局はタイトル戦の緊張か、それとも藤井叡王のプレッシャーか、自分の将棋が指せなかった。早々にカド番に追い込まれた第3局。後手番から第2局の千日手指し直し局を含めれば、4局連続での相掛かりで始まった。「序盤は失敗した」と悔やんだが、少しずつペースを掴み、最終盤では中継していたABEMAの「SHOGI AI」でも、明確に出口六段の有利、さらには優勢とみられる局面が訪れた。ところが最終盤、1分将棋の中で細い勝ち筋から外れると、一気に形勢をひっくり返され、最後は即詰みに討ち取られた。「最後は着地が…。着地がひどかったかもしれないです。全体的には自分の実力だったのかなと思います」と敗因をなんとか振り返ったが、何度も脇息に突っ伏し、うなだれた。
藤井叡王と出口六段は、終局後のインタビューに応じた後、対局場となっているホテル内にある大盤解説会場へと向かった。長時間、対局を見守ってくれたファンに対して感謝の意を一言伝えるというだけだったが、藤井叡王がいつも通りの口調で挨拶を終えた後、出口六段は「そうですね」と前置きした後、「うーん。ちょっと最後勝ちがあったような気がしていたので、ここで終わってしまうのはとても悔しいというか…」まで話したところで、詰まった。そして「また頑張りたいと思います」と締め括ったが、ファンから大きな拍手をもらうと、もう涙が止まらなくなっていた。