だって、人類は、自分と共通な性質を持つもの達で、社会集団を作り、それ以外の集団、それは人類であれ、他の種であれ、を駆逐して、生き残って来たからです。
この自分と似たもので徒党を組んで戦い、敵を殲滅するというのは、厳しい生存競争を勝ち抜くには、すごく有効な性質だったんだと思います。
逆に、そんな争いを好まない遺伝子を持った種は、人類に滅ぼされていったでしょうし、人類の中でも、そういう人格者な性質を持った人たちは、競争に敗れ、遺伝子レベルで淘汰されていったんだと思います。
本のメインテーマではないけれど、以下の本を読んで、そう思いました。
だから、いじめや差別をなくせ、って言うのは、無理なんだと思っています。
どんな形になっても、マイノリティを見つけて、攻撃するのは、人間の本質だからです。
例えば、圧倒的な力で、いじめを封じ込めても、その人類の遺伝子は、カタチを変えて、どこかで爆発するんだと思います。今のネット炎上とかも、現実社会でのはけ口のない人たちが、寄ってたかって遺伝子を満足させているのかもしれません。そういう意味ではネットの炎上は現実社会がより良くなったという証拠なのかもしれませんね。炎上のターゲットとなった人にとっては迷惑な話でしかないですが。
ということで、いじめや差別が起きたとき、それを失くすのではなく、対象となった人をうまく隔離するとか、被害者を社会的に補償するとかいうしくみのほうが有効だと思う次第です。