地球上の誰かがふと思った。「情報の数が半分になったら、仕事がどんなに楽になるだろうか・・・。」そう、情報、多すぎ。それなのに、共有共有って煩くて、本当に面倒。

昭和の頃、情報が貴重で、情報を得るために、ありとあらゆる手を尽くしていました。

令和のいま、情報は氾濫していて、情報を捨てるために、四苦八苦しています。

山のように集めた情報は、機械に任せればいいのに。人間は「データ」化されていないものは何なのかを見抜いて、そこにフォーカスしていくのがいいんじゃないかと思います。

 

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