吐き気がするらしく、今日は何も食べてません。熱は出ていないのが、せめてもの救いか。早く良くなるといいのになぁ。
午前中は、私の二日酔いのほうが、より気持ち悪かったと思いますけど。
育児は育自です。でも、わかっちゃいるけれども、なかなか自制心をもって、子どもたちに接することは難しいです。等身大の子育てを赤裸々につぶやいています。
吐き気がするらしく、今日は何も食べてません。熱は出ていないのが、せめてもの救いか。早く良くなるといいのになぁ。
午前中は、私の二日酔いのほうが、より気持ち悪かったと思いますけど。
が、当然のことをやるのが大変なのが現実。
http://allabout.co.jp/gm/gc/436213/
これに対するのが半身浴式育児。特別なイベントに注視するのではなく、毎日の笑顔、喜びに感謝する育児です。高温式のような急激な高まりはありませんが、家庭内に、ほんわかした空気が常に漂っているのが特徴です。
例えば、
- 朝、元気に起きてくれたこと
- ママが見えないと泣いてしまうほど自分が求められていること
- いつのまにか靴を左右間違えずに履けるようになっていること
このように、意識しないと、「ありがとう」を言い逃してしまいそうな日常の出来事って沢山ありますよね。これらが「半身浴式育児」の大切な材料なのです。
実際、心理学のデータでも、特別なイベントよりも、
- 毎日ご飯を一緒に食べる
- パパとママが仲良くしている
のような日常に、子どもはより多くの幸福感を感じやすいというデータもあります。
なぜなら、虐待は、弱いものいじめだから。弱いものいじめを大人になって、エスカレートしてとまらないやる人間は、自立心と自制心の両方が欠けているから、治らないでしょ。もう、殴るのが目的だから。
ボコボコにされて言った言葉が、お父さん助けてとは泣けちゃいます。検察には殺人で立件して欲しい。
http://www.iza.ne.jp/smp/kiji/events/news/131009/evt13100919320039-s.html
■「着替え」で逆上 3時間?も暴行
「お父さん、お尻が痛くてトイレができない」
6日午後2時ごろ、江東区大島の都営住宅で、長男の龍桜(りゅうおう)ちゃんは、大平容疑者にこう訴えた。さかのぼること約4時間前。大平容疑者はたわいもないことをきっかけに逆上し、便座に座れなくなるほどに体が腫れるまでの暴行を加えていた。
警視庁城東署によると、大平容疑者は同日午前10時ごろ、幼稚園に連れて行くため、龍桜ちゃんに着替えるように言った。
「Tシャツを着て」
ところが、龍桜ちゃんが肌着の上からTシャツを着たのが気に入らず、改めて肌着を脱いだのを目にした瞬間、大平容疑者の感情に火がついた。
身長100センチほど、体重20キロに満たない幼い子供をげんこつで殴り、蹴り飛ばすなどの暴行が始まり、龍桜ちゃんの肌はみるみるうちに紫色に変わっていった。息が荒くなり、はいつくばるように動きが鈍くなった龍桜ちゃんを見て、「過呼吸になった」(大平容疑者)と思い、ポリ袋を口にあてたという。
「思ったように着替えができないことに腹が立った。数年前から不眠症で、前日から一睡もできない状態だった」と弁明している大平容疑者。逮捕直後は「30分間ほど殴った」と供述していたが、実際には午後1時ごろまで、3時間にわたって断続的に手を上げ続けていたとみられる。
同時間帯に子供の泣き声や叫び声を聞いたという証言がないことから、「龍桜ちゃんが声をひそめ、じっと耐えていた可能性がある」(捜査関係者)という。
「お父さん、助けて」
大平容疑者はトイレからの訴えを聞き、タクシーで龍桜ちゃんを病院に連れて行った。しかし、到着したときには心肺停止状態で、午後5時半ごろに息を引き取った。理不尽な暴力をふるい続けた父親へのSOSが、龍桜ちゃんの最後の言葉となってしまった。

秩父に来たのはいいけれど、何の計画もなく来たので、ミューズパークを目指したところ、途中で、カートができる場所を発見。聞いてみると、長女はショートコースなら運転できるとのこと。
結構、高かったんですけど、早速、やってみました。
長女が亀のように顔を突き出して運転している姿が、なんともかわいく、微笑ましかったです。予想通り、慎重派なので、スピードを出さずに、カーブを曲がっていたのですが、最後の直線ではブレーキを踏まなかったので、ぶつかりそうで焦りました。
でも、本人は、車の運転が楽しい、と何度も言っていたので、いい経験だったと思います。
長男もまた妻の助手席で、ノリノリでした。まだ運転できないので、いっぱい食べて、いっぱい運動して早く大きくなるようにと、伝えました。

なんとなく、表層的な気がするけどなぁ。リストの内容と動機付けが一番重要なんじゃないのかな。
ただし、リストをこなすことが目的となるというところは賛同。
http://allabout.co.jp/gm/gc/436843/
子供に勉強させようと「やることリスト」を作るとたいてい失敗します。それは子供のやる気のメカニズムを無視しているからです。子供の「やることリスト」がなぜ失敗するのか、どのようにして勉強に取り組ませればいいかをお伝えします。

長女の勉強で、どんなふうにノートを使うように指導するのか、ちょっと悩んでいます。
私自身は会社でも、まともにメモをとることができずに、忘れるってことは、重要なことじゃないし、脳のキャパシティを超えていることはどんなに頑張っても無理という持論を展開しているので、勉強におけるノートの位置づけって、チラシの裏だと思っています。
高校のころ、Dick君(仮名)がひたすらノートをとっていて、試験前になると、みんなそのノートをコピーして、Dick君よりも良い点をとっていたという原体験があるのかもしれません。
それにノートに凝りだすと、ノートを作った時点で、できるようになった気分になるというリスクもあります。賢くなるのが目的なのに、本来の目的を見失ってしまうことになりかねません。
で、いろいろと調べてみました。やっぱりノートに力を入れる必要はないという結論です。
http://plaza.rakuten.co.jp/suisui6868/diary/201004200001/
ノート不要論
私は、ノート不要で勉強できるのが一番だと思っています。
教材に必要なことは全部書き込んで、それだけ見ればすべて分かる、というのが最も効率がいいと思います。サピックスの算数を例にとります。
仮に4年からサピックスに入ったとしても、教材の量はものすごい量です。
教材ですら、6年の時に、「4年のあの時のやつ出せる?」と聞いて出ないくらいですから、これにプラスしてノートを作ったとしても、引っ張り出すことすらできないでしょう。苦手な部分、必要な暗記事項のノートを1冊だけ作って必ず読む、というのは賛成ですが、日常授業では、教材に全部書き込んだ方が効率的です。
事実、サピックスの生徒さんはほとんど教材に書き込んでいます。では、国語はどうでしょう?
これも、先生方が丁寧に「解き方」「読み方」を書いて下さいますが、生徒たちがそれを見るのはその時だけで、数ヶ月後になってそれを参照するということは、めったにありません。
だとしたら、これも本当に必要な、忘れてはいけない事項だけを1冊のノートにまとめて、それ以外はすべて教材に書き込めばいいと思います。漢字練習も同じで、漢字ノートに書く、というのはあまりお勧めできません。
「つがわ式漢字」の中学受験編がありますから、そこに直接書いて、書いている内に自然に暗記する、という手法をとっています。
http://ameblo.jp/vipdetoudairi3/entry-11517386244.html
受験生活を始めるにあたって、最近はいろんな人の合格体験記や勉強法の本を読み漁っているのですが、実のところ、参考書の選択ってみんなが思ってるほど、学力に決定的な差を生じる要因ではないような気がするんです。
就活の面接本みたいなもので、それが「いい本だから」選ばれるというより、「みんながそれを読んでいるから」選ばれるっていう傾向が強いんじゃないのかな。他人に差をつけられないために。
青チャートにするか1対1にするかなんて、個人の好みと学力で決めればいいし、どちらかを選んだから受かるとか落ちるとか、あり得ないと思いますけどね。完璧な本なんて存在しないし、自分に合わなけりゃさっさと乗り換えればいいんだから。
そんなことより、勉強のやり方のほうがずっと重要な問題じゃないでしょうか。
例えば、ノートの使い方とか。
「勉強=ノートに問題を解く作業」みたいに考えられがちだけど、ノートって、受験勉強にはたいして出番が無いものの筆頭じゃないかな。
確かに、学校の授業や予備校の講義を受けている人にとっては、時系列に沿って記録を残すためのノートは必要です。だけど、家で参考書を自習する用途には、ノートって編集できないから不向きなんですよ。種本を既に持ってるのに、アタマから写経して同じ本を二冊作っても意味が無いし。
復習を繰り返しながら、既に記憶した内容をふるいにかけて、覚えにくいものだけを残していくという作業は、ちょっと原始的だけど、チラシの裏のほうがやりやすいです。
もうちょっと洗練したければ、市販のカードや、大きめのポストイット、色つきのコピー用紙なんかを使ってもいいかもしれませんね。
私の場合、例えば数学なら:
(1周目)チラ裏に書き殴る、出来なかった問題には印を付けておく。
↓
(2周目)印を付けた問題の解答をコピー用紙(緑)に写経しながら、途中の計算を自力でやってみる。
↓
(3周目)コピー用紙(緑)を復習して、どうしても覚えにくい問題をコピー用紙(黄)に解き直す。
↓
(4周目)コピー用紙(黄)を復習して、どうしても覚えにくい問題をコピー用紙(赤)に解き直す。みたいな感じで、色分けで階層化しつつ、受験直前期までに絞り込まれた赤いペーパーだけを集中的に繰り返す、という勉強法を採り入れてみたいと思います。
まあ道具は何でもいいんですが、大学受験に限らず、難関の資格試験なんかでも成果をあげている人の勉強法は、復習のたびにふるいにかけて、記憶していない事項だけにフォーカスできるような階層化の仕組みを作り、あとは本番までに反射的に解答できるよう徹底して繰り返す、というのが王道のようですね。

評判が良かったので、子どもたちに読み聞かせをすることにしました。「本当」ってなんだろう、おもちゃに心があったら、などと考えさせられる評判通りの絵本です。
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正月に実家で、おばあちゃんと子供たちとサッカー。
もう70過ぎのおばあちゃんは、走るのもままならない感じ。
子供たちが怒りまくり。
長男なんかは、グーパーで同じチームになると露骨に嫌な顔。
そんな半狂乱のサッカーだったけど、母も子供たちもその時の話を楽しそうにするので、やっぱり、スポーツっていいなぁ、と改めて思いました。
学校の課題かなんかで書いたみたいですが、なかなかいい。
ひたすら五七五の俳句を思いつくまま並べてみただけ、って感じなんだけど、ちょっと新鮮。
恥ずかしいので、全文は載せませんが、お気に入りの部分だけ。
やさしさは 雪になって ふりつもる
うめの木は 細いがとても あたたかい
どういう気持ちで書いたのか、想像するのが楽しいです。そんな中に「あるときは かなしいことも あるだろう」と人生を悟ったようなものもあり、この脈絡のなさが面白い。
簡単に言うと、学校で長女の意見・提案が、ひとりのやんちゃな男の子によって踏みにじられたことが悔しくて仕方がなかったらしい。
でも、私の意見が踏みにじられることなんて、会社でも家でも、日常茶飯事なんですけどね。強くなってください。それが成長です。
ただ、正しいことを貫きたいと思う気持ちは大切で、何とも思わないよりは良いことだと思います。