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  • 奨励会の此本蓮士朗さんが2回目の退会をしていました。残念ではありますが、若い時期で決断できて良かったんじゃないでしょうか。

    奨励会の此本蓮士朗さんが2回目の退会をしていました。残念ではありますが、若い時期で決断できて良かったんじゃないでしょうか。

    大卒の年齢を超えてから次の人生を考えるよりは、遥かにたくさんの選択肢と可能性があるわけですから。

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    そして、小山怜央四段の例もありますから、社会人になってから、プロ棋士を目指してもいいわけですし。

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  • 開成健児のなれの果て。中学受験をする前に、ちょっとだけ考えたほうが良いかと思います。

    開成健児のなれの果て。中学受験をする前に、ちょっとだけ考えたほうが良いかと思います。

    自分自身も中学受験をして、子どもたちにも中学受験をさせてみて、中学受験をさせるって、どういうことなのか、少しだけ考えてみました。その時期を過ぎたので、少し冷静に振り返れるかと思います。

    なお、開成の名を出していますが、主旨としては、超進学校の象徴として使っています。筑駒でも灘でも桜蔭でも、なんでも、主旨は変わりません。岸田首相の出身校に敬意を表して、使いました。

     

    中学受験をさせる理由

    まずは大前提から。

     

    なぜ、中学受験をさせるのか?

     

    「いやいや、うちの坊ちゃんは、優秀で、自分から中学受験したいの!」と言っているんだ、と主張する人がいるかもしれません。

    ひろ吉
    ダウト。
    事実をしっかり見ましょう。所詮は小学生。親、もしくは、それに準ずる人の有形無形の誘導があって、中学受験を目指すのが、フツーです。
    私も、オフィシャルには、私自身が「地元の公立中学に行きたくない」と言い出したのがキッカケということになっていますが、それは親が言っているだけで、実際はそう言い出すまでの雰囲気作りがあって、その影響の方が大きいだろう、と思っています。
    話はそれましたが、なぜ、中学受験をさせるのか?
    「子どもに幸せになって欲しい」
    これが、根本じゃないですかね。違いますか?正論ですけど、そんなに間違っていないと思います。逆に「子どもに不幸になって欲しい」ってことはないですし、「お金が余っているから受験で散財したい」という人もいないでしょうから。
    もし、「ママ友に自慢したい」「子どもの学歴はアクセサリーの1つ」などと心の奥底で思っているようだったら、ここから先の文章は全く役に立たないので、このサイトから離脱したほうがいいかもしれません。
    ただ、最初はピュアに幸せを願っていたのに、他人の子と同じものさしで比較されたとき、是が非でも勝って欲しいという気持ちが強くなりすぎて、様々な弊害が起きるということはあると思います。
    通りすがり
    こどもは、ものじゃないからね!
    幸せってなんだろう?
    ということで、子どもに幸せになって欲しい、という前提のもと話を続けますと、「幸せ」ってなんだろう、ということになりますよね。
    きっと、幸せというのは、本人が幸せだと感じることができれば、幸せでしょう。他人がとやかく言うことじゃありません。究極的には、人が死ぬ間際に、自分の人生を振り返って、幸せだったと思えることが人生の目的です。
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    じゃあ、なんで、世の中の親の多くは中学受験に躍起になるのでしょう。
    ・・・それは、「幸せ」の代表例として、「お金」や「社会的地位」だと思っているからです。
    通りすがり
    おかね、あるにこしたことはないでしょ。
    そう、その通り。
    調べたことはないですが、恐らく「お金」や「社会的地位」のある人とそうでない人の、本人が「幸せ」だと感じるかどうかは、かなり強い正の相関関係があると思います。特に、貧乏で生きるのがやっとだと、なかなか、幸せを感じるだけの心の余裕がなさそうですし。
    そこで、最初の願いを書き換えます。
    「子どもに幸せになって欲しい」→「子どもにお金持ちになって欲しい」
    なんか急に下世話になってしまいましたね。
    でも、大切なことです。キレイごとでは話は進みませんから。もちろん、「お金持ち」のところは、「出世」でも「社会的地位」でもなんでもいいです。
    通りすがり
    じゅけんすると、おかねもちになれるの?
    お金持ちになれるの?
    ああ、中学受験を頑張った、お坊ちゃん、お嬢ちゃんは、幸せに、いや、お金持ちになってくれるのでしょうか。合格したは良いけど、お金持ちになれないんだったら、何のためにやったのかわかりません。
    では、お金持ちになれるかどうか、3つステップで考えてみましょう。
    1. 進学校に通うこととお金持ちになれることに相関関係はあるか。
    2. 相関関係がある場合、その因果関係はどうなっているのか。
    3. 相関関係がある場合、果たして自分の子どもがお金持ちになる確率はどの程度なのか。
    相関関係
    1つめの相関関係ついては、単純に卒業後何年後かの年収を比較すればわかるはずです。面倒くさいので調べませんが、恐らく、超進学校の平均年収のほうが、全国平均より高いでしょう。これは東大卒の平均年収みたいな特集が、週刊誌のネタ等で書かれています。データの収集方法とか、どこまで正しいのか怪しいところもありますが、全体の傾向としては、相関関係があると言って間違いないと思っています。
    因果関係
    では、2つめ。「進学校に通った」→「お金持ちになった」という因果関係があるのか、ということですが、これは微妙でしょう。どちらかというと、因果関係はないんじゃないでしょうか。
    なぜならば、「もともとお金持ちになる資質があった」→「中学受験に受かった」→「お金持ちになった」というのが自然の考え方だからです。そして、もともとお金持ちになる資質というのは、思考力や問題の処理能力と関連が深い、つまり、中学入試の問題とも関連が深いということじゃないかと思います。
    だって、もし、そんなの関係なくて、自分の学校の教育プログラムでお金持ちにできるのであれば、入学試験とかなしにして、学校への寄付金の額で決めるのが最も経済合理性があるんですけど、そうはしません。建前はどう言おうと、「資質」のあるなしは、明確にあるということをみんな知っているんです。人類は平等ですけれども。
    総括すると、お金持ちになりそうな人を、ふるいにかけたのが、中学受験の結果というわけです。
    通りすがり
    じゅけんは、おかねもちなれるかどうかの、「もぎしけん」みたいなもんだね。
    ひろ吉
    そう、まさに、その通り!
    ひろ吉
    だから、子どもに「お金持ち」になって欲しいから中学受験するというのは間違い。
    結論として、超進学校に入ったからということで、お金持ちになる期待値は、そんなに上がらない(合格としたということで、もともと期待値が高い子どもだったということがわかるだけ)と思います。
    まあ、お金持ちになりそうな友人が周りにいる、という環境的な要因もあるでしょうけど、
    確率
    かなり、脱線したので、3つめの論点に話を戻します。
    進学校に通っているということはお金持ちになれるとして、自分の子どもがお金持ちになるかどうかが、遥かに重要な問題です。いくら、進学校に通うことと、お金持ちになることに強い相関関係があったとしても、実際の自分の子がお金持ちにならなかったら、意味がないですよね。
    だって、テーマは、
    「子どもにお金持ちになって欲しい」
    ですからね。
    この観点だと、超進学校であっても、そうでない学校であっても、その学校内で、お金持ちになる子とそうでない子が出てきます。一定の確率で。だから、超進学校でお金持ちになれなかった子は、そうでない学校のお金持ちになった子より、お金持ちじゃないです。
    このようにバラツキを考えると、自分の子どもがお金持ちになるかどうかは、もはや、わからないです。せっかく、超進学校に入っても、周りが優秀すぎて、やる気を失うタイプの子もいるかもしれませんし、中高一貫だったりすると、遊びを覚えて、リカバリー不能な状態になっちゃう子もいるかもしれません。
    そうなってくると、もうわからないです。
    通りすがり
    かんがえるだけムダだね。
    重要なことは、中学受験に成功したから、子どもがお金持ちになるということでは決してなくて、中学受験に成功した子どもは、統計的にお金持ちになりやすい、というだけだということです。
    そして、お金持ちになったとして、それで、幸せかというのは、また別の問題としてあります。
    社会的な大成功を収めても、晩年は孤独で不幸せな人はいるでしょうし、大成功とはいかないまでも、プチ成功したけど、リタイアするタイミングで、不幸せになる人もいるでしょう。

    大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられそのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。妻は夫との旅行などに乗り気ではない。「まだ俺は成仏していない。どんな仕事でもいいから働きたい」と職探しをするが、取り立てて特技もない定年後の男に職などそうない。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき続ける男に再生の時は訪れるのか?ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す―。

    そうなってくると、どんな境遇でも幸せを感じることができる大人になるための準備をすることのほうが重要な気がします。
    という感じでしょうか。
    通りすがり
    じゃあ、なんでじゅけんさせたの?
    ひろ吉
    それは、フィールド・オブ・ドリームスなの。
    通りすがり

    「それを作れば彼が来る」という”声”を聞いたアイオアの農夫レイ・キンセラ(ケビン・コスナー)が、それをもとに彼の夢を貫く物語。レイ・リオッタ、ジェームズ・アール・ジョーンズ、エイミー・マディガン共演の「フィールド・オブ・ドリームス」は、多くの人たちの心を動かした傑作だ。夢を貫こうとする人に捧げる感動作。

    要するに、親として、子どもと一緒に、何かしたかっただけなんですよね。
    映画で、親子がキャッチボールするのと同じです。
    運動音痴で音楽的なセンスもない私は、子どもと一緒にできることってあんまりなくて、言われてみれば、受験勉強ぐらいならできそうだと思ったわけです。そして、子どもたちが勉強にまったく向いていないということではなかったので、一緒に勉強したということです。
    だから、たぶん、結果なんて、どうでも良かったんだと思います。子育てを楽しめた、ありがとう、という感じでしょうか。
    ですから、中学受験をさせるかどうか、そして、その受験に積極的に関与するかどうかは、自分が得意なのかどうなのかで判断するのがいいんじゃないでしょうか。得意じゃないのに、ゴリゴリ、教えようとするのは、お互いが不幸になるような気がします。
  • バカと無知、面白かったです。私が日頃感じていることに近くて、共感できました。人間が生存競争を勝ち抜いてきた原動力はそう簡単に克服できませんよね、やっぱり。

    バカと無知、面白かったです。私が日頃感じていることに近くて、共感できました。人間が生存競争を勝ち抜いてきた原動力はそう簡単に克服できませんよね、やっぱり。

    人間が本能的に、他人よりも劣っていることに敏感に反応し、それを是正したいと強く思っていることにより、正義感やらが生まれてくるし、自尊心もそうなんだろうと思います。

    人間が社会的な動物であり、その社会性と裏付けとなる知能で、生き残ってきた以上、仕方のないことですね。そして、差別もそもそも、相手を敵と味方に峻別して、敵を殲滅させてきた強力な武器の残骸なんだと思いました。

     

    正義のウラに潜む快感、善意の名を借りた他人へのマウンティング、差別、偏見、記憶……人間というのは、ものすごくやっかいな存在だ。しかし、希望がないわけではない。一人でも多くの人が人間の本性、すなわち自分の内なる「バカと無知」に気づき、多少なりとも言動に注意を払うようになれば、もう少し生きやすい世の中になるはずだ。科学的知見から、「きれいごと社会」の残酷すぎる真実を解き明かす最新作。

    「芸能人と正義に関するニュース」がどうして人気コンテンツになるのか?
    キャンセルカルチャーが心地よさをもたらすのはなぜか?
    バカと利口がじっくり向き合うことで生まれる悲劇とは?
    「きれいごと」ばかりがはびこる現代社会の「残酷な真実」に光を当てる決定版。

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    【目次】
    PARTⅠ 正義は最大の娯楽である
    1なんでみんなこんなに怒っているのか/2自分より優れた者は「損失」、劣った者は「報酬」
    3なぜ世界は公正でなければならないのか/4キャンセルカルチャーという快感

    PARTⅡ バカと無知
    5バカは自分がバカであることに気づいていない/6「知らないことを知らない」という二重の呪い
    7民主的な社会がうまくいかない不穏な理由/8バカに引きずられるのを避けるには?
    9バカと利口が熟議するという悲劇/10過剰敬語「よろしかったでしょうか?」の秘密
    11日本人の3人に1人は日本語が読めない/12投票率は低ければ低いほどいい
    13バカでも賢くなれるエンハンスメント2・0の到来

    PARTⅢ やっかいな自尊心
    14皇族は「上級国民」/15「子どもは純真」はほんとうか?
    16いつも相手より有利でいたい/17非モテ男と高学歴女が対立する理由
    18ほめて伸ばそうとすると落第する/19美男・美女は幸福じゃない
    20自尊心が打ち砕かれたとき/21日本人の潜在的自尊心は高かった
    22自尊心は「勘違い力」/23善意の名を借りたマウンティング
    24進化論的なフェミニズム

    PARTⅣ 「差別と偏見」の迷宮
    25無意識の差別を計測する/26誰もが偏見をもっている/27差別はなぜあるか?
    28「偏見」のなかには正しいものもある?/29「ピグマリオン効果」は存在しない?
    30強く願うと夢はかなわなくなる/31ベンツに乗ると一時停止しなくなるのはなぜ?
    32「信頼」の裏に刻印された「服従」の文字/33道徳の「貯金」ができると差別的になる
    34「偏見をもつな」という教育が偏見を強める/35共同体のあたたかさは排除から生まれる
    36愛は世界を救わない

    PARTⅤ すべての記憶は「偽物」である
    37トラウマ治療が生み出した冤罪の山/38アメリカが妄想にとりつかれる理由
    39トラウマとPTSDのやっかいな関係/40「トラウマから解放された私」とは?
    付論1 PTSDをめぐる短い歴史
    付論2 トラウマは原因なのか、それとも結果なのか?

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    ちなみに、chatGPTに要約してもらいました。

    橘怜の著書「バカと無知」は、人間の認知能力や思考に対する問題点について分析し、社会問題や政治問題に対する認識の問題を指摘する内容となっています。

    本書では、バカと無知という言葉を用いて、知的レベルや知識に欠如がある状態にある人々が、どのようにして社会や政治の問題に対して誤った判断をしてしまうのかを詳しく説明しています。また、その背景には教育やメディアの問題もあることを指摘し、より良い教育やメディアの役割を考える必要性を説いています。

    さらに、本書では、認知バイアスや思考の妨げとなる偏見や先入観についても取り上げ、そうした問題を克服するためには、自己認識や対話の重要性を訴えています。

    総じて、本書は、社会的な問題に対する正しい認識を促し、社会全体の知的レベルの向上につながるような内容となっています。

  • 長女の学校の卒業式。総代の答辞が文才の塊で圧巻。お揃いの緑色の上履きを脱ぎ、それぞれの新しい靴で幸せな明日に向かって歩んでいくというフレーズが素敵すぎます。

    長女の学校の卒業式。総代の答辞が文才の塊で圧巻。お揃いの緑色の上履きを脱ぎ、それぞれの新しい靴で幸せな明日に向かって歩んでいくというフレーズが素敵すぎます。

    あまりにも才能があるので、嫉妬しながら聞いていました。

    高校時代という同質な生徒に囲まれた居心地のいい空間での生活は終わり、多様性のある社会へと巣立っていく様が象徴的に描かれています。そして、新しい世界でも、今までの世界での経験があるから、大丈夫、幸せになれる、というメッセージ素敵ですね。

    あちこちで泣いている人続出でした。

    すごいなぁ。この生徒、入学式のときも総代だった気がします。

    アタマがいいだけじゃん!

     

  • 二十歳の原点、内容としては本当に他愛もない日記で、共感する人もいると思いますが、私は全くでした。ただ、お父さんのあとがきは泣けてきます。

    二十歳の原点、内容としては本当に他愛もない日記で、共感する人もいると思いますが、私は全くでした。ただ、お父さんのあとがきは泣けてきます。

    これ、正直に言うと、若い女性の日記というだけで、それ以上でも、それ以下でもないと思いました。

    50年前のTwitterみたいなイメージ。でも、この時代のものは残っていないから、そういう意味で貴重です。

    でも、内容は、全然、面白くない。あー、そうなの、というレベルです。全く違う人種なので、共感を呼び起こせないんですよね。

    ただ、お父さんが自殺した娘を思いながら、書いたであろう、あとがきは泣けてきました。子どもは親が生きているうちに自殺しちゃいけないよ、と思いました。

     

    著者について
    栃木県那須郡那須野町(現 那須塩原市)生まれ。宇都宮女子高を卒業し、立命館大学文学部史学科へ進学。社会・政治に関心を持ち、やがて学内バリケードに入るなどの活動を経験。しかし大学3年進級後の1969年6月24日未明、鉄道自殺を遂げる。
    中学生時代から書き続けた日記が、『二十歳の原点』(1971年)、『二十歳の原点序章』(1974年)、『二十歳の原点ノート』(1976年)として新潮社より出版され、ベストセラーになった。著者・高野悦子は“日本のランボー”とまで評価されるにいたった。「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」という一文が響き渡り、1970年代を生き抜いた若者たちにとっては「青春のバイブル」となった。

    新装版『二十歳の原点』三部作の第一弾となる本書は、二十歳と六か月で、その生涯を自ら閉じた著者が、十四歳から十七歳までの青春時代を綴った日記です。自分自身、両親、姉弟、クラスメイト、部活動の仲間…について語られていく少女の際立った感受性豊かな、心の断片を繋いだ記録です。
    本来他人に読まれる機会のない日記という形態だからこそ、自己の深い内面が何のてらいもなく披露された、この稀有な青春の手記にぜひ触れてみてください。痛々しいまでの純粋さとは、普遍性を持った文学的なテーマであることを思い出させてくれるはずです。
    新装版は、当時の時代背景を知らない世代にも読みやすいように一部脚注を付しています。また、著者が実際に日記を綴っていた大学ノートが横書きであったことを考え、より“個人の日記”という雰囲気を感じていただくために横書きの文字組デザインに変更しています。
    帯の推薦文は「この本はわたしの『青春のバイブル』の一冊でした。――桜庭一樹」。

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    本書は1970年代に若者たちの間でベストセラーとなった高野悦子著『二十歳の原点』三部作の『二十歳の原点ノート』新装版です。二十歳と6か月で、その生涯を自ら閉じた著者が大学受験を間近に控えた高校3年生の冬(十七歳)から都での大学2年の冬(十九歳)までの青春時代を綴った日記です。若さゆえのさまざまな悩みを抱えながらも、精一杯に日々を生きるその姿は、時代を超えて、私たちの心に大切な何かを問いかけてきます痛々しいまでの純粋さとは、普遍性を持った文学的なテーマであることを思い出させてくれるはずです。
    新装版は、当時の時代背景を知らない世代にも読みやすいように一部脚注を付しています。また、著者が実際に日記を綴っていた大学ノートが横書きであったことを考え、より“個人の日記”という雰囲気を感じていただくために横書きの文字組デザインに変更しています。
    帯の推薦文は「他人のBLOGを読む前に、この青春の記録を読むべきだ!――中村 航」。

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    本書は1970年代に若者たちの間でベストセラーとなった高野悦子著『二十歳の原点』三部作の『二十歳の原点』新装版です。二十歳と6か月で、その生涯を自ら閉じた著者が最後に過ごした半年間を克明に綴った日記です。若さゆえのさまざまな悩みを抱え、つねに自分自身に問いかけ、自己に求め続けたその姿は、時代を超えて、私たちの胸を打たずにはいられません。痛々しいまでの純粋さとは、普遍性を持った文学的なテーマであることを思い出させてくれるはずです。
    新装版は、当時の時代背景を知らない世代にも読みやすいように一部脚注を付しています。また、著者が実際に日記を綴っていた大学ノートが横書きであったことを考え、より“個人の日記”という雰囲気を感じていただくために横書きの文字組デザインに変更しています。
    帯の推薦文は「やっぱり好きなんだと思う。自分が空っぽになるくらいに泣いたから。――佐藤江梨子」。

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  • 13歳の娘が母親を刺し殺害って、本当にひどい話。事情はいろいろあるんだろうけど、刺殺するってそんなに簡単じゃないと思うのに、殺したってことは、この子どもを社会に野放しにしてほしくないなぁ。

    13歳の娘が母親を刺し殺害って、本当にひどい話。事情はいろいろあるんだろうけど、刺殺するってそんなに簡単じゃないと思うのに、殺したってことは、この子どもを社会に野放しにしてほしくないなぁ。

    刃物を使ったからと言って、そんなに簡単に殺せるもんじゃないと思うんですよ。

    戦意喪失した後に追い打ちをかけたとしか思えなくて、そういう人と一緒の社会で暮らしたくないんですよね。怖いから。もはや、少年法云々の世界じゃないと思います。

     

    16日夜、静岡県牧之原市の住宅で40代の母親を刃物のようなもので刺して殺害したとして、警察は13歳の娘を児童相談所に通告しました。今後、詳しいいきさつを調べることにしています。

    16日午後11時50分すぎ、牧之原市の住宅で「女性が刺された」と家族から警察に通報がありました。

    警察によりますと、この家に住む40代の女性が刃物のようなもので刺されて病院に運ばれ、まもなく死亡が確認されました。関係者によりますと、首などに複数の刺し傷が確認されたということです。警察は家族の目撃情報などから、自宅にいた中学1年生で13歳の娘に事情を聞いたところ、母親を刺したことを認めたということです。

    法律で14歳未満は刑事責任を問われず、警察は娘を児童相談所に通告しました。今後、いきさつなどを詳しく調べることにしています。

     https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230117/k10013951771000.html

  • 米小学校で銃撃事件があり、女性教師が重体。そして、その容疑者は6歳の1年生男子ってどういうこと?

    米小学校で銃撃事件があり、女性教師が重体。そして、その容疑者は6歳の1年生男子ってどういうこと?

    銃社会って、どうなのかな、と改めて思いました。これって、核兵器も同じですよね。

     

    米バージニア州ニューポートニューズのリッチネック小学校で6日、銃撃事件があり、地元警察は6歳の男子児童を拘束したと発表した。動機などについて捜査を続けている。

    地元警察によると、事件が起きたのは小学校1年生のクラス。30代の女性教師と男子児童の間で口論があり、児童が所持していた拳銃で教師に向けて発砲した。2人は面識があったとみられるが、具体的な関係や銃の入手経路は分かっていない。被害者は病院に搬送された。米東部時間同日夕時点で「命にかかわる状態」という。

     https://news.yahoo.co.jp/articles/dca067c333bb6ed13a9db1c5af381d9088f3231f

     

  • 朝井リョウの「何様」、「何者」の登場人物が出てくるようですが、そこまでキャラが立った作品でもなかったのにコラボされても、却ってわかりにくいだけでした。

    朝井リョウの「何様」、「何者」の登場人物が出てくるようですが、そこまでキャラが立った作品でもなかったのにコラボされても、却ってわかりにくいだけでした。

    うーん、「何者」のキャラはおろか、ストーリーですら、覚えられないのに、つなげられても、困惑しちゃいます。

    そして、この作者の文章は、頭の中と現実を混ぜて書くので、わかりにくくてイマイチです。読者に優しくないし、別に、こうして書かれた文章がうまいとも思えません。

    総じて、面白くないのですが、「水曜日の南階段はきれい」だけは、うまいなぁ、と唸らされる作品でした。

     

    生きるとは、何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだ。直木賞受賞作『何者』に潜む謎がいま明かされる──。光太郎の初恋の相手とは誰なのか。理香と隆良の出会いは。社会人になったサワ先輩。烏丸ギンジの現在。瑞月の父親に起こった出来事。拓人とともにネット通販会社の面接を受けた学生のその後。就活の先にある人生の発見と考察を描く 6 編!

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  • エネルギー政策について、正直、よくわかりませんが、要するに「原子力を使う」か「カーボンニュートラルを諦める」か「電気を使わない生活に慣れる」かじゃないかだと思います。

    エネルギー政策について、正直、よくわかりませんが、要するに「原子力を使う」か「カーボンニュートラルを諦める」か「電気を使わない生活に慣れる」かじゃないかだと思います。

    この中だと、私は、断然「カーボンニュートラルを諦める」派ですね。

    中長期的に見れば、原子力の技術を発展させて、安全を確保するというのが正しいのかもしれませんが、なんとなく、すごい事故が起きそうで、それまでに、たくさんの犠牲を払いそうだから。特に犠牲を払うのが私たち、もしくは、私たちの子ども世代になりそうなので。

    そして、電気のない生活は無理。無駄遣いを避けるというのはやっていくべきだけど、昔のようには戻れないです。

    なので、消去法で、化石燃料を使っちゃいます。

    産油国に依存するという政治的な問題はあるんでしょうが、それは置いといて、環境面だけ言えば、地球の気温なんて、太陽の活動の影響のほうが大きいと思っているので。誤差の範囲じゃないかと思っています。

    なんか、カーボンニュートラルは、地球に優しいとかじゃなくて、単に、カーボンニュートラルビジネスで、どう儲けようと考えているだけにしか思えないんですよね。それをけん引している人たちを見てると。

     

    ということで、下記の転換についてはどちらかと言うと反対です。

    ただ、その反対を訴えるのに、涙ながらに、フクシマを忘れたのか、と言い出す人とは仲良くなれる気がしません。

    政府は、2050年の脱炭素社会の実現とエネルギーの安定供給のため、原子力発電の最大限の活用と二酸化炭素の排出量に応じて企業などがコストを負担するカーボンプライシングの導入などを盛り込んだ今後の基本方針をまとめました。

    このうち原子力発電については実質的に上限の60年を超える原発の長期運転を認めることや、これまで想定してこなかった次世代型の原子炉の開発・建設に取り組むといった内容が盛り込まれました。

    11年前の原発事故のあと政府が示してきた原子力政策の方向性は、大きく転換することになります。

     https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221222/k10013931431000.html

  • 日本人の9割が知らない遺伝の真実、以前から興味を持っている領域で、ネットで情報を仕入れていたので、真新しいことはなかったけれども、読みやすい本でした。

    日本人の9割が知らない遺伝の真実、以前から興味を持っている領域で、ネットで情報を仕入れていたので、真新しいことはなかったけれども、読みやすい本でした。

    ざっくり言うと、特定のものを除くと、だいたい遺伝と環境の影響が半分ずつぐらいで、共有環境の影響はかなり小さい、ってことですね。この2つだけでも価値のあることだと思います。

    共有環境の代表格は親とか家庭とかなんで、子育てに失敗しても、そんなに、大きな影響はないから、神経質にならずに子育てすればいいし、逆に、幼児教育に気合を入れても、そんなに影響はないから、ほどほどにね、と思います。

    学力については、若い頃は遺伝の影響の割合が小さいのに、歳をとるとその割合が大きくなるというのが、日本がいかに教育というか、受験勉強の影響が大きいことの証左じゃないですかね。

     

    遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!

    ◆現代社会の格差や不平等の根幹には、知能をはじめとした「才能」が遺伝の影響を受けていることが挙げられる。これはショッキングな事実ではあるが、だとしたら「才能は遺伝がすべて」「勉強してもムダ」「遺伝の影響は一生変わらない」などと思われがちだ。しかし、それは誤解。俗説を解きほぐしながら、個人の「生存戦略」としても遺伝を真に役立てる方法を提起する!

    ◆ベストセラー『言ってはいけない』を誤読せず、その議論を深掘りする!

    ◆あなたの人生を変える「行動遺伝学」
    ・収入と遺伝に関係はあるか?
    ・子どもの才能は、友だち付き合いで決まる?
    ・英才教育に効果はあるか?
    ・その人らしさが発現するタイミングとは?

     

     

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  • 何者、想像以上に良かったです。就職活動でうまくいかない時の重苦しさと、現代社会の承認欲求の強く批判ばかりしている人たちの様子が、鮮やかに描かれていました。

    何者、想像以上に良かったです。就職活動でうまくいかない時の重苦しさと、現代社会の承認欲求の強く批判ばかりしている人たちの様子が、鮮やかに描かれていました。

    正欲を読んで、面白いけど、この設定はなんだかなぁ、と思っていた朝井リョウが原作者ということで、どんなものになるのか、期待半分不安半分ぐらいで見ました。

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    いや、面白いじゃないですか。

    設定もいいですよね。就職活動の学生。一緒に頑張ろうと言っているものの、ライバルでもあり、内心は妬みのようなネガティブな感情も渦巻いている雰囲気が、よく表現されていたと思います。

    なんか、見ているこっちまで、いたたまれなくなってしまいました。

    頭の中にある間は傑作、というのは、的を射ていて、自分のことを言われているような気がして、ドキッとしました。

     

    朝井リョウが直木賞を受賞し、大きな話題を呼んだ原作の映画化作品。ひとつの部屋に集まった5人の男女。大学の演劇サークルに全力投球していた拓人。拓人がずっと前から片想いをしている瑞月。瑞月の元カレで、拓人とルームシェアをしている光太郎。拓人たちの部屋の上に住んでいる、瑞月の友達の理香。就活はしないと宣言する、理香と同棲中の隆良。理香の部屋を「就活対策本部」として定期的に集まる5人。それぞれが抱く思いが複雑に交錯し、徐々に人間関係が変化していく。「私、内定もらった…。」やがて「裏切り者」が現れたとき、これまで抑えられていた妬み、本音が露になっていく。人として誰が一番価値があるのか? そして自分はいったい「何者」なのか?

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    本でも読みたいと思いました。でも、結末を知っていると、ちょっと微妙かもしれません。本から映画の流れは許容できても、映画から本の流れは違和感があるんですよね。なぜだろう。