高齢者は、残りの人生をコロナに怯えながら暮らすのか、多少のリスクを背負って楽しむのかの選択をしたほうが良いと思いました。

お盆に帰らなかったので、実家に線香を上げに行き、母と話をしました。コロナで、かなりの自粛生活を送っているようです。やっぱり、怖いですよね。死をちらつかせられるわけですから。

でも、ここで、考えて欲しいです。新型コロナが完全に終息することは考えにくいうえ、たとえ、新型コロナが終息したとしても、超新型コロナがきっと出てくるでしょう、ということを。

そんな中、「高齢者は、残りの人生をコロナに怯えながらガチガチの安全サイドで暮らすのか、多少のリスクを背負って楽しむのかの選択をしたほうが良い」と思いました。

残りの人生、孫たちにはZOOMで会うだけにし、老人コミュニティの人たちとも会わず、出かけるのもミニマムにして過ごすのか。それとも、感染症対策はするものの、最低限のリスクを背負って、人にも会うし、旅行にも行くのか。どちらの人生を歩みたいか、自分で決めるべきです。

私は圧倒的に後者の考え方なんですが、人それぞれなんで、どちらが良いというわけでもないです。もちろん、ゼロイチの話じゃないので、その中間という人がいても良いと思いますけど。

こういった議論って、例えば、余命宣告されたとき、極限まで延命、根治を目指して頑張るのか、それは諦めて、痛みをコントロールして、健康的に生活できる時間を大切に使うのか、という意思決定と同じような感覚じゃないかと思います。生物学的な命を重視するか、人間的な生活を重視するか、みたいな。

だから、延命治療をしないで欲しいという人は、なんとなく、コロナのリスクも受容するほうが自然な気がしています。

もちろん、感染症だから、他人に迷惑を掛けないということも重要で、できる限りの対策はするべきではあるものの、そもそも、人間は生活すれば、何かしら他人に影響を与え、場合によっては、迷惑をかけることになるので、常識的な範囲で実施すれば良いと思っています。

だって、目に見えないし、科学的根拠もどれだけ正確かわからないし、対策をとっても100%ではないし、コロナを克服しても、次のコロナがきっと出てくるだろうし・・・

ということで、年老いた母には、より積極的に楽しむ人生を選択して欲しいなぁ、と思う次第です。