小学生にそれを要求するのは、厳しいかもしれません。
が、詰将棋をやるということは、将棋が強くなるようにという目的なので、ズルをする意味がないんですよね。
くだらない自己満足のために、道を見失って欲しくないです。
育児は育自です。でも、わかっちゃいるけれども、なかなか自制心をもって、子どもたちに接することは難しいです。等身大の子育てを赤裸々につぶやいています。

小学生にそれを要求するのは、厳しいかもしれません。
が、詰将棋をやるということは、将棋が強くなるようにという目的なので、ズルをする意味がないんですよね。
くだらない自己満足のために、道を見失って欲しくないです。

長女の落選に引き続き、長男も、とは。
学校の先生に嫌われているのかしら。うちの子どもたち、キッズミュージカルに出演経験があって、そんなに下手くそということはないと思うんですけど…。
もちろん、ミュージカルをやらせているのは、別に演劇が上手になって欲しいからということではなくて、自己肯定感、自信をつける、楽しんで何かをするなど内面的な成長を期待してということなので、選ばれなかったことは別にどうでもいいという理屈なんですけど、何となくわだかまりが残る選定結果でした。
選定基準が明らかにされていないというのも、わだかまりの大きな原因だと思います。

昨年、予選2勝1敗で決勝に行けなかった将棋大会。今年は、なんとか本戦に行きたいと思い、近くに最近オープンした将棋道場に行きました。
女流棋士 高橋 和 (やまと) がプロデュースする、子どもから大人、女性の方でも気軽にお越しいただけるオシャレ将棋スペースです。
将棋をやってみたい、という方から初段を目指す入門者、級位者のための教室、道場、イベントスペースとして森を育てていきます。
「楽しい」「居心地良い」環境で、将棋を楽しんでいただければと思います。
是非一度お越しください。心よりお待ちいたします。
長男はいつも私とばかり将棋を指しているので、指し方が偏ってしまっている気もしますし、いろいろな相手と指すのも勉強になるだろう、と思って、以前に子ども大会に出た縁で行きました。
まあ、和気あいあいと指している感じですね。
そして、長男が参加するのを見ているだけというのも死ぬほど退屈なので、日頃は、長男といい感じにわざと五分五分の勝負をしているので、棋力がバレるとまずいなと思いつつも、私も参加することにしました。

最初はちょっと読みにくいです。現在と過去の場面がめまぐるしく入れ替わるから、状況を正確に把握しにくかったためです。
「うさぎ」と「ぼく」が出会う場面は、星の王子さまを彷彿させる感じで、常識にとらわれている自分を反省しつつ、微笑ましく読んでいました。
それが、最後のほうは、そもそも「うさぎ」がなぜ生まれてきたのかという、生存理由という重いテーマになってしまいました。結構、泣けます。
理由はともあれ、会ったのは何かの縁、その縁を大切に、いまを生きていきたいと思いました。
言葉であまりうまく説明できないのが、もどかしいのですが、とても良い本です。子供に読ませたい本ですし、子供の頃、思春期の頃、大人になった後の3回読んで欲しい本ですね。
[amazonjs asin=”4894192128″ locale=”JP” title=”星兎”]
ぼくたちは、みんな『うさぎ』なのかもしれない。ぼくだけじゃないよ。どこから来たのか、どこへいくのか、だれだって知らないんだ。いつ、この地上から去ることになるのか…も。宇宙一せつない、物語。「ぼくをわすれない?」「忘れないですむものなら、宇宙が終わるまで」そして、永遠が見えてしまいそうな、青。

合格判定ってやつは、建前上、母集団を考慮して出すってことになっているので、どの試験でも同じ結果のはずでが、長女の場合は、かなり違う結果になっちゃってます。
偏差値で15近く違うのだから、当然と言えば当然なんですけど。
この結果は各回の試験の揺らぎの範囲内なのか、それとも、天下のSAPIXの難易度の高い問題への対応力がまだ足りないことの証明なのでしょうか。難しいです。
塾に通わず、ゆるゆると中学受験を考えるとこんなことも起きますね。
SAPIXに通っていれば、志望校を下げて受験することに迷いはないでしょうし、日能研に通っていれば、強気の受験校選択になる傾向でしょう。
さあ、どっちがいいんだか。知らぬが仏、というのは、まさにその通りかもしれません。

美味しくいただきました。が、せっかくの3連休だったので、もっとはじけたかったところではありますが、財布には優しくて良かったです。ミュージカルもたくさん見れたわけですし。

結構、高いお金を払っているので、もう少し、立派なカメラで撮影して欲しいものです。ホームビデオ品質なのは悲しかったですが、心に焼き付いているので、楽しめるのは楽しめるんですけど…。
初演のときのDVDを見たら、もう幼くて、自分の子どもなのに、愛くるしかったです。ああ、親バカ。
長男なんか幼稚園生ですし、長女もまだまだあどけないです。しかも、他の子どもたちも一様に幼くて感激です。
これから、酔っぱらいながら、長男が主役をやったときのDVDも見ようと思います。明日、仕事、行けるかな。まあ、行けなくてもいいか。


長男と一緒にやりました。「竜」「究」は長男がいい加減に見つけて、びっくりしました。
最後は、長女も参戦しましたが、これ以上はできませんでした。惜しい。あとちょっとだったのに。
長男は漢字が得意になってくれるんでしょうかねぇ。
[amazonjs asin=”B00031XL5W” locale=”JP” title=”漢字博士No.2″]

志望校が、模試の会場になっていたりすると、盛り上がりますし、本番の緊張対策としてもいいですね。
でも、施設を提供するとなると、前日の掃除とか大変です。生徒がやるのかしら、それとも、業者がやるのかな。
いつもの塾でやるよりは、中学校でと考える人が多いのか、会場は親子連れでごった返していました。
そして、日能研のNカバンは、やっぱりダサいなぁ、と改めて思いました。誰がデザインしたんだろう。長女は自分の友だちがあまり日能研に通っていないのは、あの鞄のせいだと思うと自信満々で言っていました。

共感できると実践できるというのには、大きな差があるというところが問題ではありますが。
というよりも、共感できるような抽象的な内容ということもできるのかもしれません。
http://forbesjapan.com/articles/detail/13738/
そういう意味においては、情操教育として音楽や美術が良いと以前から言われていますが、重要なのは主体性です。自分が楽しいと思ってやっているかどうか。ここが弱い人が多い。そこが強いか弱いかはすべて幼児期の経験が元で、小さい時に「これが好き」という決断をしているかどうかなんです。消しゴムのカス集めだって、自分が「これだ」と思ってやっている子は、何をやらせても強い。決めるところからスタートしているからです。
実は人間は、本質的にはなんでも好きになれるようにできています。自分はこれだと決断している人生だと自分に自信がもてるようになるんです。
(中略)
子供がやっていることを邪魔しない。口出ししないことです。ほっとけばいいんです。今の子供たちは「やらされ人間」が多すぎる。これは、これからの時代に成功する人間の反対にある。ほっとけば勝手に遊ぶし、その中でリーダーシップが育つのです。
これから30年後、世界はどう変わっているかはわからない。けれど、人と人が出会って素敵だな、魅力的だな、という人間はいつの時代も強い。それには、圧倒的な経験量をつけさせる。そうすれば、いい子に育ちますから。
長女も長男もそうなんですが、「なんかつまらない、面白いことないの」というのが口癖になっている感があり、ちょっと心配しています。そんなに邪魔をしているつもりはないんですけどねぇ。これでも、押し付け感があるんでしょうか。難しいところです。