カテゴリー: 日常

  • メイウェザー対那須川天心、頑張りましたが、実力差ありすぎましたね。それにしても高田延彦はひどすぎです。

    メイウェザー対那須川天心、頑張りましたが、実力差ありすぎましたね。それにしても高田延彦はひどすぎです。

    体重差は大きいと思いますが、それより、競技人口の多いメジャースポーツであるボクシングでの世界チャンピオンと、まだまだマイナーな競技の中で、日本で飛ぶ鳥を落とす勢いの若者では、実力的に差があったということだと思います。

    例えてみれば、日本でソフトボールの高校日本一になったチームがメジャーリーガーと対戦するようなもんです。勝敗は二の次です。良い経験になったなら、いいんじゃないでしょうか。

    ただ、高田延彦の解説はひどい。

    何を言っているか、わけわからないですし、私には呂律が回っていない、ただの酔っ払いだとしか思えませんでした。それか、変なクスリをやっているか、脳梗塞か。

    http://news.livedoor.com/article/detail/15818961/

    ・メイウェザー戦に臨む那須川天心を、当初、試合の解説陣は持ち上げていた
    ・一方で試合が終わるや否や手の平を返して「無茶なマッチ」などとコメント
    ・視聴者は「散々煽っておいて」「主催側が今言うな」と違和感を覚えたようだ

  • 正月は実家で、お邪魔者。子どもたちはキレまくり。飽きて慌てて作った双六が、意外に盛り上がりました。

    正月は実家で、お邪魔者。子どもたちはキレまくり。飽きて慌てて作った双六が、意外に盛り上がりました。

    長女が長男の誕生日プレゼントに買ってあげたお邪魔者で遊びました。

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    初心者のおばあちゃんがルールをなかなか覚えられず、子どもたちがガチで怒っていました。昔、みんなでサッカーをしたときと同じです。

    http://konchan.net/x/archives/10388

    おばあちゃんのルールが覚束ない間隙を縫って、お邪魔者で2回勝てて良かったです。ルールがわかってくると、お邪魔者で勝つのは難しいですから。

     

    一通り遊んだ後は、双六。

    しかも、自作するとのこと。

    出来栄えはイマイチ。大丈夫なのかと思っていたら、意外に面白くて盛り上がりました。ゴール直前にふりだしに戻るが3マス連続で並んでいるのと、隣の人と入れ替わるという大逆転の要素がたっぷりあるのが良かったんだと思います。

  • 年末はしゃぶしゃぶ。そして、年始は洋風のおせちとお雑煮。野菜多めだったので、例年よりはヘルシーな気がします。

    年末はしゃぶしゃぶ。そして、年始は洋風のおせちとお雑煮。野菜多めだったので、例年よりはヘルシーな気がします。

    野菜でお腹いっぱいになりました。野菜攻めは、体にいいかもしれません。

    朝の洋風のおせちは、斬新で美味しかったです。純粋な和風よりも、食べやすくていいかもしれません。

    そして、妻からもらった、おみくじ付きLINEは、こんな感じです。

  • たった4枚しかない年賀状を書き終えました。基本、Facebookでつながっている人には出しません。

    たった4枚しかない年賀状を書き終えました。基本、Facebookでつながっている人には出しません。

    自分史上、最低記録を更新しました。素晴らしい。

    年賀状より、Facebookのほうが情報量も多いし、タイムリーだし、インタラクティブだし、・・・ということなんで、年賀状を出す意味がわかりません。

    特に私の場合は、アカウントがあるだけというわけでなく、ちゃんと更新しているわけですし、ブログもあるわけですから。

    なので、断捨離しました。

    本当はゼロにしたかったのですが、お年寄りでネットが使えない方は、どうにもならないので、4枚だけ残っちゃいました。うーん、残念。

     

  • 日本語が読めない日本人がいる、って別に衝撃的でもなんでもないです。でも、こういう人がバイリンガルだったりすると笑えます。

    日本語が読めない日本人がいる、って別に衝撃的でもなんでもないです。でも、こういう人がバイリンガルだったりすると笑えます。

    理由はいろいろあると思いますが、確実にいます。

    会社勤めだと多いのは、自分の都合の良い一部分だけ切り取って、解釈および判断するケースですかね。

    こういう輩でも、英語がムチャクチャ得意だったりすると、重宝されるんですが、日本語がわからない奴が英語できるわけないんですけどね。英語が母国語なら別ですけど。その人に社運を託すとなると悲劇を通り越して喜劇です。それもまた、企業の実力かもしれません。

     

    https://toyokeizai.net/articles/-/256321

    このような「教科書が読めない子どもたち」の問題を提起し、25万部のベストセラーとなった『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者、新井紀子氏が開発した「リーディングスキルテスト」が今、教育機関や企業から熱い視線を集めています。いったいどのようなテストなのでしょうか。
    11月に開催された「リーディングスキルフォーラム」で紹介されたテストの概要と、これまでに蓄積された受検者のデータ分析から明らかになったこと、テストを活用する教育機関や企業の取り組みについて、文筆家の岩本宣明氏がリポートします

    記事自体はいまいち。例題ばかりで、中身は薄いです。元ネタの著書を読んだほうが良さそうです。

     

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    先日惜しまれつつ世を去ったホーキング博士は、数年前に「完全な人工知能(AI)が実現すれば、人類は終焉を迎える」という意の発言をしていた。いわゆる「シンギュラリティ」、つまりAIの進化が人間のそれを上回るという「技術的特異点」のことだ。

    しかし、東大合格を目指した「東ロボくん」の開発者である著者は言う。「AIが人類を滅ぼす?……滅ぼしません! 」「シンギュラリティが到来する?……到来しません! 」。それどころか、東大合格すらAIには無理だろうと言うのだ。

    とはいえ、個人的にあまり笑っていられない。「東ロボくん」は既に私の勤める大学の入試は十分に突破する偏差値を模試で叩き出している。では、MARCHレベルと東大との入試の間に、AIが決して越すことのできないどのような溝があるというのか。

    それは国語、読解力だ。AIが自然言語を読みこなすことは金輪際できないというのだ。その不可能性の仕組みは本書にあたってもらいたいが、ここでほっと胸を撫でおろすのも束の間、シンギュラリティよりもっと切迫した問題があった。

    実は中高生の多くが、「東ロボくん」以下の読解力しか持っていないということが調査から浮かび上がってきた。二つの文章の意味が同じかどうかを判定する問題で、中学生の正答率はなんと57%。しかも、それを聞いたある新聞記者が、57%もあるなら悪くないんじゃないかと言ったそうで、もうこうなると日本人の読解力は壊滅的と言わざるを得ない。二択の問題なら誰でも五割はとれる。

    他のタイプの問題でも、サイコロを転がすのと同じ程度の正答率しかなかったというこの若者の読解力の現状で、小学校からプログラミングや英語が導入されようとしているが、著者は言う。「一に読解、二に読解」と。そうしなければ、AIの進化を待たずに人間が職場をAIに明け渡さねばならなくなる日が遠からず訪れることになるだろう。

    藤井聡太が羽生善治を破った朝日杯。やっぱり将棋は人間対人間がおもしろい。いくら強くても、コンピュータでは味気ない。

    『AIvs.教科書が読めない子どもたち』は、AI(人工知能)と人間の現状と未来についての本である。著者は国立情報学研究所教授で数学者。東大合格を目指すAI「東ロボくん」の育ての親だ。この本には、同プロジェクトから見えてきたAIの可能性と限界、そして人間との関係が書かれている。

    良いニュースと悪いニュースがひとつずつ。まず、良いニュースから。AIが人間を超える、いわゆるシンギュラリティが到来することはない、と著者は断言する。なぜなら、AIはコンピュータであり、コンピュータは四則計算をする機械でしかないから。どんなに高度になっても、その本質は変わらない。

    たとえば東ロボくんの偏差値は57・1。東大は無理だけど、MARCHなら入れそうだ。ただし国語や英語は苦手だ。なぜなら、AIは意味を理解しないから。読解力がないのである。

    しかし、これで人類の未来は明るいぞなんて安心してはいられない。AIでもできる仕事は、この先どんどん奪われていくのだ。これが悪いニュース。

    ならばAIにできない仕事をやればいい、と思うだろう。ところがこれもお先真っ暗だ。全国読解力調査によると、教科書の文章を正しく理解できない中高生が多いというのである。なんと3人に1人が簡単な文章すら読めない。これからの世界は、読解力がある一握りのエリートに支配されてしまうのか。

  • 難治がんの記者が大事にするコラム執筆の3つの流儀、ちょっと意外で面白かったです。

    難治がんの記者が大事にするコラム執筆の3つの流儀、ちょっと意外で面白かったです。

    この記者は、高校のとき、他校なのに、なぜか私の学校の部活の合宿に来ていたので、印象に残っています。

    そんな彼のコラムです。

    https://dot.asahi.com/dot/2018122100075.html

    書くときに私が何を頭に置いているのか。以下、3点挙げる。

    ■(1)書き出すときに着地点は気にしない

    体力テストに「立ち幅跳び」という種目がある。両足をそろえて助走をつけずにぴょんと飛ぶ、あれがコラムへの私のイメージだ。

    跳躍:どんなエピソードで切り出し読者を引きこむか
    着地:どのように締め、読者に余韻を残すか

    驚く方が多いだろうが、私は着地点を決めず、いきなりエピソードから書き出すことが多い。読者に知らせたいのが主張よりも最近のできごと、という場合が少なくないからだ。あとは走り幅跳び選手のようにあっちこっちの話題へと手足をばたつかせ、着地する。
    読者にわかりにくいのは承知で一見関係なさそうな話をつなげ、最後の「。」にたどり着く。落語家がお客さんからお題を3つもらって一つにする三題ばなしのような「綱渡り」が楽しくて仕方ないのだ。
    とはいえ、書き進んでも着地点が見いだせないと、パラシュートが開かないまま地面が近づいてくるように選択肢が狭まってくる。思ってもないことを「これが読者に伝えたいことです」とは書けないし、「書かずに死ねるか!」とタイトルでうたっておきながら「読者に伝えたいことは未定です」というのもどうか、という気がする。
    当面、綱渡りの楽しみは封印だろうか。

    ■(2)文章には救いを

    エピソードは読者に身近で、驚きのあるものが望ましい。「もう食事をできないなんて、大変だ」。そう読者が筆者と同じ視線に立ってくれれば、自分だったらどうするだろう、という関心で引っ張れるからだ。
    しかし、私の日々は「容体急変」に「緊急入院」と落ち着かない。驚きばかり並べ立てていくと「えげつなさ比べ」になりかねない。そこで求められるのが「救い」だ。希望、バランス感覚と呼んでもいい。たとえば、参考例に挙げたコラムで、中盤以降でじょじょに希望がわいてくる作りにしたのもそれだ。

    ■(3)思うことを洗いざらい書き出しながら考える

    たとえば1人の政治家がいま何を考えている(かつて考えていた)か、取り上げるとする。「ああでもない、こうでもない」と頭に浮かんだことを書くことではじめて気づく点もある。
    瓶の栓が抜けたように一通り吐き出し、いったん着陸してしまえば作業は終わったようなもの。そう自分を励ましつつ、文章が一つのストーリーとして流れているか、見直していく。
    書いて1、2日すると、まるで他人の文章のように映るから不思議だ。ダブりを削ったり、ストーリーを大改造したりと、大胆に手を入れていく。「例の先輩記者ならばかくや」と想像するほどだ。

    私は、いつも着地点を気にしているので、びっくりしました。もっとも、気にしているからと言って、着地に成功しているわけではないですけど。

    文章には救いをというのは、確かにその通りですね。私の場合、救いじゃなくて、なるべく、笑いをと思っています。これもスベることが多いですけど。

     

    今度、本が出るそうです。

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  • 日本生命のテレビCMのデキが素晴らしすぎて、泣けてきます。健康に注意したいと思いました。

    日本生命のテレビCMのデキが素晴らしすぎて、泣けてきます。健康に注意したいと思いました。

    すごくいいCM、泣けてきます。子どもを思う気持ちって、こんな感じだよなぁ、って思いました。

    このCMを作った人、すごいです。動画、見てください。

     

    他の方のブログに取り上げられていました。

    https://ameblo.jp/gogo-kanako/entry-12421596104.html

    父がどんなふうに娘の成長を見守って来たか――無事に生まれて喜び、病気の時はおろおろして病院に運び、自転車に乗れた、泳げるようになったと言っては騒ぎ、中学の入学式では記念撮影し、でも大きくなった娘には「うっさい!大っ嫌い!」とクマのぬいぐるみを投げられて、……そして最後は病院。父の霞んだ視界に、泣き顔の娘が映る。亡くなってしまう父。

    アップで手書きの文字。「父は、何があってもキミの父です。」

    現実に戻ると、娘は試験会場で、難しい数学の問題を解き終えたところだ。次の場面は春。桜の花咲く中、お墓にお参りする娘。「お父さん、大学行けるよ、ありがとね」。そこに父の声がする、「おめでとう」。ふと桜の花を見上げて、空にいる父に笑いかける娘、「うん」。

    最後にテロップで「大切なものを、守り抜くということ。」、「日本生命」と流れる。

    CMを見ただけで視聴者は、父親が事故か病気で亡くなってしまったけど、死亡保険に入っていたから娘は学費の心配をせずに大学に行くことができたのだ、と理解できる。改めて、そうだ、保険はそもそも亡くなった時の死亡保障のために入るものだった、と保険の意義と意味を確認できる筋立てだ。

     

    ちなみに、私は生命保険は学生時代の先輩に一本化しています。

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    顧客からの紹介による営業活動で、社長賞をたった一度きりではなく、13年も連続して受賞している現役ソニー生命正真正銘のトップ営業マンの初著書です。
    顧客からの紹介は、短期的には数が出ることもあるでしょう。しかし、著者の鎌田氏は、なんと10年以上にわたって顧客からの紹介が途切れない上に、ソニー生命でトップクラスの成績を収め続けています。紹介による営業活動で約4000人の顧客を抱え、かつ、長期にわたって高い実績を出し続けているという点では、保険業界全体においても著者は希有な存在と言っても過言ではありません。

    本書では、顧客との関係づくりや縁を広げる上で著者が大切にしていること、そしてアプローチや顧客とのトーク、アフターフォローの仕方について、顧客との具体的なやりとりやエピソードを交えて解説しています。「行き先探し」に悩んでいる営業パーソンにぜひ読んでいただきたい一冊です!

  • ZOZOの前澤社長、メディア露出しすぎじゃない?しかも、話していることに共感できない。

    ZOZOの前澤社長、メディア露出しすぎじゃない?しかも、話していることに共感できない。

    楽しく働こうぜ、というメッセージは、その通りだと思うけど、具体的な施策が全く楽しそうに思えない。

    給料・ボーナスが一律とか、幕張に社員を集めるとか、どうかなと思うし、年末に全社員で社長が指揮者で合唱なんていうのは最悪です。

    ここでは、働けない。

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  • 世界大会で紀平選手が優勝したと思ったら、全日本では坂本選手が優勝。これはオリンピックが楽しみですね。

    世界大会で紀平選手が優勝したと思ったら、全日本では坂本選手が優勝。これはオリンピックが楽しみですね。

    すごいですね。

    でも、フィギアスケートって見ていて、どういう基準で得点をつけているのかよくわからないし、ルッツとかサルコーとか、まったくわかりません。

    わからないけど、金メダルを期待しちゃいます。

    https://www.asahi.com/articles/ASLDR7F3KLDRUTQP01Q.html

    銀盤の全日本女王を争う戦いは、史上まれに見るハイレベルなものになった。23日に初優勝に輝いた平昌五輪6位の18歳、坂本花織(シスメックス)は、フリー最終滑走の重圧をはねのけ、ジャンプ、表現力ともに完成度の高い演技を見せた。

    まずは代名詞のジャンプの美しさが光った。演技後「あまり勢いがなかった」と振り返ったが、冒頭のフリップ―トーループの2連続3回転は出来栄え点(GOE)で1・89点を加えた。前半の3回転ルッツで軽度の踏み切り違反を取られただけで、GOEの合計は16・88点。16歳の紀平梨花(関大ク)のGOEの合計(16・07点)を抑えて全体1位だ。紀平のトリプルアクセル(3回転半)のような大技はないが、各要素の美しさで上回った。

    表現面でも、伸びやかな滑りが目を引いた。演技構成点は「要素のつなぎ」を除く4項目で9点台を並べ、全体2位の73・25点を出した。全日本の得点は参考だが、4位だった12月上旬のグランプリ(GP)ファイナルから5点以上、上乗せした。

     

    どっちが金メダルでもいいです。

    http://konchan.net/x/archives/28069

  • 羽生善治、27年ぶりの無冠って、27年間もタイトルを保持していたことにびっくり。凄すぎ。

    羽生善治、27年ぶりの無冠って、27年間もタイトルを保持していたことにびっくり。凄すぎ。

    もう1回ぐらい復活して欲しいです。

    同世代ですから、歳を取っても脳みそは衰えないということを証明して欲しいからです。

    でも、一気に藤井聡太というのもあるかもしれません。

    http://bunshun.jp/articles/-/10124

    羽生の持つタイトルがゼロとなるのは1991年3月18日以来、実に27年ぶりのことなのである。裏を返せば羽生は27年間、八大タイトルのうちの何かを持ち続けていた。タイトル連続保持記録の第2位が大山康晴十五世名人の15年、第3位の渡辺明棋王が14年であることを考えると、27年連続のタイトル保持はまさに圧巻というべき数字だ。

    羽生は無冠転落について以下のように語る。
    「結果が出せなかったのは自分自身の実力が足りなかったことに尽きる。(通算100期がかかり)注目される中でタイトル戦という檜舞台に建てるのは棋士にとって名誉なことで、力をつけてまた新たに臨みたい」

    羽生の無冠転落によって、将棋界はより混迷の戦国時代に突入したと言える。次代の覇者候補はまず、現時点で唯一の二冠王である豊島将之(王位・棋聖)だろうか。来年4月から始まる名人戦、その挑戦権を争うA級順位戦ではただ一人無敗の5連勝と、トップを突っ走っている。
    対抗馬として、羽生から竜王を奪った広瀬を挙げたい。竜王に続き、棋王戦でも挑戦を決めて二冠奪取を虎視眈々と狙っている。A級順位戦でも豊島を追う位置にある。

  • 綾瀬、あなどれない街。武道館もあるし、0番線もある。0番線っていったいなんなんだ!

    綾瀬、あなどれない街。武道館もあるし、0番線もある。0番線っていったいなんなんだ!

    長男の将棋大会の付き添いで綾瀬に行きました。

    武道館で大会と聞いていたので、九段下の日本武道館で対局できるなんて、羨ましいなぁ、と思っていました。

    が、地図がちょっと違う。

    ん、綾瀬?

    なんで?

    どうやら、東京武道館というのは、日本武道館とは別物で、綾瀬にあるみたいです。

    まあ、立派ですけど、テンションは上がりません。日本と東京では大違いです。

    ホームタウンにしている方、すみません。日本武道館に行くつもりだったもので。

     

    綾瀬に行くのは何年振りだろう。もう思い出せません。

    えっ!

    0番線ってなに?0番線。これ「O(オー)」じゃなくて、「0(ゼロ)」でいいんですよね。

    1番線から4番線まであるなら、5番線でいいじゃん。なんで「0」なの?

    万が一、もう1つホームができたら、-1番線にするの、それとも、0.5番線?もはや、ハリーポッターの世界。

    こんなに面白い表示があるのに、誰もクスリとも笑わないし、色々な角度からインスタ映えを狙って一生懸命写真を撮っているのは私だけでした。お上りさんと思われしまっていたかもしれません。

    東京オリンピックに向けて、インバウンドの聖地にして欲しいです。

    https://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/backnumber/20130202

     

    本題とは全く関係ないですが、ひふみんこと加藤一二三を生で見ることができたのは盛り上がりました。