遠い昔の上司のブログに感銘したので、まるまる引用。このような父親になりたいもんですね。さあ、そこまでの度量があるかな。
http://kubogon.at.webry.info/201312/article_11.html
昨日やった国語の問題に下村湖人の「次郎物語」が出ていた。
未読の人もいるかも知れないが、これはかなり良質の少年の成長譚である。
その話の中で、主人公の次郎が二つ年上の悪ガキに意地悪をされ、喧嘩してしまうシーンがある。
小学生の次郎は力ではかなわないので、相手のヒザに噛みついてケガをさせてしまう。
相手の親は地元の有力者なので、母親と祖母はお金を払って解決しようとしたが、父の俊亮はそれを制し、次のように言う。
「次郎のためを思うから、おれはそんなことをしたくないんだ。お前たちは相手の傷のことばかり気にしているが、次郎としては命がけでやった反抗なんだ。自分よりも強い無法者に対しては、あれよりほかに手はなかろうじゃないか。あいつのせっかくの正しい勇気を、金を出して、台なしにする必要がどこにあるんだ。」
ワルガキの親はその後乗り込んでくるのだが、父はそれをも説得し、二人で酒を酌み交わすようになる。
そしてその二人の会話を寝床のなかで次郎は聞きながら、父が喧嘩の後に言った訓戒を思い出す。
「正しいと思ったら、どんなに強い相手にでも負けるな。しかし犬みたいに噛みつくのはもうよせ。」
一応、Wikipediaでも調べてみました。長編全体のあらすじなんで、あまりよくわかりませんね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A1%E9%83%8E%E7%89%A9%E8%AA%9E
本田家の次男として生まれた次郎は里子として、ばあやと呼ぶお浜に育てられたがやがて実家にいやいやながら戻される。実家ながら慣れない環境や祖母のおことのえこひいきに遭いながら父親の俊亮、母親のお民、祖父の恭亮とお民の実家の正木家の人々に見守られながら成長していく。次郎はそのままおことの差別的軋轢による配慮より正木家に引き取られる。しかし恭亮が死に、お民は結核に侵され、俊亮も連帯保証人になった相手が破産したため次郎はお民の療養を兼ねる事となる。献身的な介護を続けるうち次郎とお民との親子のわだかまりは解け次郎は母親へ、お民は次郎への思慕が募るようになる。お民の臨終の際、兄弟三人揃って死に水をとり、臨終の宣告の後お浜に肩を抱かれ号泣して親族の涙を誘った。(映画版では一生懸命に母の看病をする次郎に本来なら年齢制限がある夏祭りの踊り子をやらせてもらい、衣装を病床の母に作ってもらうが日に日に衰弱していき、夏祭り当日踊り子衣装を身に付けた次郎を見送った後、お浜に看取られながら亡くなってしまう。次郎は母の葬儀で泣く事はしなかった。)