日本の親が気づけない「子供をバイリンガルに育てたい」の危険性に激しく同意。まさにその通りだと思います。

日本の親が気づけない「子供をバイリンガルに育てたい」の危険性に激しく同意。まさにその通りだと思います。

自分が英語が苦手だから、言うわけなんですけど、ネイティブレベルのバイリンガルってどこまで必要なのでしょうか。

ビジネスでは外国語としてコミュニケーションが取れれば十分な気がします。私みたいにコミュニケーション取れない人間が言うと、説得力がないのですが、恐らく間違っていないと思います。

そして、2つ母国語がある場合、どちらか優秀なほうの母国語のレベルが、その人の言語能力の上限になると思います。つまり、幼少期に日本語をおろそかにして、英語漬けにした場合、日本語の能力が十分でなければ、その人の国語力は頭打ちになっちゃうわけですよね。

たまに、バリバリのバイリンガルなんだけど、なんとなく日本語に違和感がある人っていますよね。凄く賢いのだけども、冗談とかが通じにくかったり、日本語の機微が伝わらなかったりというケースなんかがそれにあたるんじゃないでしょうか。

もちろん、仕事上、冗談や機微など不要なので、仕事のことだけを考えれば、バイリンガルは有利だと思いますが、母国語を極めるということは、自分のアイデンティティを確立することじゃないんでしょうかね、と負け惜しみを言っておきます。

ある文化の中に生きる人が共有する価値観、なにがタブーなのか、なにがイケてるのか、といった皮膚感覚のような非言語情報まで把握していないと、冗談はわからないことが多い。

バイリンガル環境で子どもにふたつの言語を完全に習得させようとするのは、ふたつの文化をまるごと理解させようとすることだ。

それがどれほど莫大な情報量なのかがあまりわかっていない親御さんも、特に日本でバイリンガル子育てをしようと試みている方の中には、もしかしたらけっこういるのではないかと思う。

私は、言語というのはコンピュータのオペレーションシステムのようなものだと思っている。

コンピュータのハードウェアにもスペックや個性があるが、OSをのせて初めてその他のアプリが動かせる。

日本語と英語のように構造の違う言語を同時に動かすということは、MacOSとWindowsを同時に走らせるようなもので、かなり脳のリソースを食うもの。

しかもそのOSがふたつとも構築の途中であれば、構造全体がグラグラすることだってある。

子どもをバイリンガルに育てたいと思う親御さんは、それだけのことを子どもの脳に要求しているのだときちんと認識しておくべきだと思う。

http://www.mag2.com/p/news/258746