前回はダブルだったのに、今回は大盤振る舞いでトリプルにしちゃいました。しかも、少ない小遣いの中から、長女が195円、長男が15円出してくれました。
カテゴリー: 育児
育児は育自です。でも、わかっちゃいるけれども、なかなか自制心をもって、子どもたちに接することは難しいです。等身大の子育てを赤裸々につぶやいています。
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過保護すぎる親たちが集まった授業参観、とってもいい話だけど、盛っている気がします。
すごくいい話で、自分自身の言動も改めて考える良い機会だし、本当にこの小学生の話を真摯に受けて止めたほうがいいんじゃないの、という親も多いのも事実です。
でも、こんな小学生がいたら、それはそれで、違和感を感じちゃいます。子どもらしくないから。
『子供は、見ている』過保護すぎる親たちが集まった授業参観。一人の小学生の発表が、全ての親をハッとさせ、意識を変えさせる事態に。
『信じあうこと』
「私は、家族が大好きです。家族も、私のことが大好きです。でも、たまに、とても悲しい気持ちになることがあります。」
「私の家族は、いきすぎだと思うほど、私のことを心配します。この前、私は◯子ちゃんとケンカをしました。私は、◯子ちゃんにいやなことをさせられました。でも、私も○子ちゃんにいやなことをしたと思い、仲直りをしたいと考えていました。」
「その時に、お母さんは私に、あなたはわるくないと言いました。◯子ちゃんがわるいんだから、あやまらなくていいのよ、と言いました。」
「とてもびっくりしました。なんで、私もわるいのに、私はあやまらなくていいのかなって、そのときに思いました。」
「お母さんは、もしかしたら、私のことを信じていないのかもしれない、と思いました。お母さんは、『自分の子供』ということを信じているだけで、『自分の子供だから』という理由だけで、私はわるくないと言っているんじゃないかな、と思いました。」
「そのとき、とても悲しくなりました。お母さんは、私という人間のことを信じてくれているのかな、と心配になったのです。」
「私はお母さんの子供だけど、私というひとりの人間でもあります。その私という人間を、ちゃんと見てくれて、知ろうとしてくれて、信じてくれているのかなって、思う時があります。」
「最近、テレビで、モンスターペアレントという、子供のためにいっぱい怒る人が増えているという話をみました。それを見て、この作文を書こうと思いました。きっとそういう人が増えているのは、きっと子供自身を信じるんじゃなくて、『自分が育てた子供』という、育てたこと自体を信じているんじゃないかなって、思いました。似ているようで、すごく違うことの様に感じるのは、私だけではないのではないでしょうか。」
「私は、家族が大好きです。だからこそ、家族には、もっともっと、私のことを信じてほしいと思います。信じあうことができたら、きっともっと仲良く、もっと笑顔いっぱいで一緒にいれるんじゃないかなって思います。」
「私も、もっとしっかりして、勉強もたくさんがんばります。だから、これからも、私のことをたくさん信じてください。私は、かならず家族みんなの自慢の娘になります。」
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SAPIXの入室テストの問題を見てびっくり。かなり難しいですね。これを解く小学生は素晴らしいです。
どうせ基本問題だろうと思っていたら、バリバリの応用問題でびっくり。
問われている知識そのものよりも、それを誘導するための問題文そのものの「ひねり」が激しいという印象です。算数も時間も足りないし、公式で解くというような問題はあまりなかったような気がします。
確かに良い問題だとは思いますが、入室テストでそこまでしなくてもいいんじゃないかな、と思いました。
これ、満点に近い点数を取る子っているんですかね。
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おばあちゃんを招いて久々のホームパーティー、すごく盛り上がりました。
妻がお店の料理を再現してくれて、超盛り上がりました。パスタの写真は酔っ払って撮り忘れちゃいましたが。
子どもたちも手伝ってくれて、教育上も良かったです。
長女はニンジン、大根、玉ねぎなどを切り、長男もマッシュポテトを作るのと胡瓜を切ってくれました。何もしていないのは私だけで、肩身が狭い感じでした。
出来上がりも美味しくて良かったです。私の働きとしては、スペインで買ってきたホセリートぐらいですね。
途中、妻が勝ってきたおみくじ入りのお菓子が意外に盛り上がりました。
意味不明な感じが良かったですね。キスしてくれという結果と胸が休まるというコメントしにくい結果でした。最初は馬鹿にしていたのですが、最後はみんなで大笑いでした。
その後、長女の推理クイズなど、予想外に盛り上がる余興があり、楽しめました。
こういうパーティーを定期的にできるようにしたい、というのが私の人生の根っこなのかもしれません。
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強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話は、死ぬほどつまらないので要注意。
著者が何をしたいのかわかりませんでした。単なるオヤジ自慢、それとも、教育の方法に対する提言なんでしょうか。中学受験に何か参考になるのかと思って読んだのですが、何の役にも立ちませんでした。
あまりにも、ひどいので、最後まで読めませんでした。久しぶりです、専門書以外で、途中で読むのをやめてしまった本は。
家庭教育に心血を注いだ、ある強烈なオヤジと家族の物語。わが子を育てるために、良い学校や良い塾を選んだり、海外で育てたり…「わが子に合う学習環境はどこに?」と普通の人なら考えるが、このオヤジはついに、「自分の子どもは自分の力で育てる!」というモットーを貫き通す!
《教科書はマンガとテレビ》《子どもと一緒に遊ぶ》《自分の友だちを子どもに紹介する》《何も教えない!》など、目からウロコが落ちまくる家庭教育論としても最適の書![amazonjs asin=”419863842X” locale=”JP” title=”強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話 (一般書)”]
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基本的には通うつもりはないけれど、SAPIXの入塾テストを申し込んじゃいました。どうなることやら。
SAPIXの入塾テストは、四谷大塚と違って有料なので、凄く迷ったのですが、四谷大塚みたいに合否の結果しか返却されないところを何度受けても仕方がないので、お金を払って受けることにしました。
日能研のオープンテストという選択肢もあったのですが、中学受験をするかどうか迷っている層向けで、何となく問題が簡単そうに思えたので、やめました。うちも、迷っている組ではあるのですが、一応、チャレンジをやっているので、もっと勉強しないと合格するのは難しいということを本人が痛感することを目的の1つとして考えています。(それで、本人が諦めて、公立に行くというなら、それもアリです。)
ところで、私が中学受験をした時代は、四谷大塚があって、SAPIX(当時、TAP)が追いかける展開だったと記憶しているのですが、完全に逆転してしまったみたいですね。
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2015年、最初に長女が続きを読みたいと言った本は、サマータイムでした。
どうも、説明文よりも物語文のほうが好きみたいですね。そして、根拠のないイメージですが、中学受験には役に立ちにくい本の内容の気がします。
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佳奈が十二で、ぼくが十一だった夏。どしゃ降りの雨のプール、じたばたもがくような、不思議な泳ぎをする彼に、ぼくは出会った。左腕と父親を失った代わりに、大人びた雰囲気を身につけた彼。そして、ぼくと佳奈。たがいに感電する、不思議な図形。友情じゃなく、もっと特別ななにか。ひりひりして、でも眩しい、あの夏。他者という世界を、素手で発見する一瞬のきらめき。鮮烈なデビュー作。
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小雪がちらつく中、実家近くの公園でサッカー。超寒いし、ちょっと走っただけで疲れた。
一応、自称、吉祥寺のメッシだったのですが、ボールを蹴ろうとすると、膝がカクンってなっちゃいました。もう、無理。
長男はノリノリでやっていたけど、転んだり、ぶつかったりして泣いていました。もう少し逞しくなって欲しいものです。
長女は運動神経がないなりに楽しんでいました。もっと積極的になって欲しいものです。
私は重い体を引きずりながら、それなりに頑張りました。
終わったら、当然、ビールです。寒かったけど。



















