壁にぶち当たっている感じの長男。
もっと実戦経験が必要な気がします。コンピュータとの将棋もいいけれども、コンピュータは強さが不自然で、多様性がないので、ネット将棋に手を出そうかと思いはじめました。
https://itunes.apple.com/jp/app/id575771493
ただ、長男にこれをやるだけのリテラシーがあるかどうかは微妙なのと、対局途中に止められないから、親子喧嘩が絶えなくなるのが心配です。
育児は育自です。でも、わかっちゃいるけれども、なかなか自制心をもって、子どもたちに接することは難しいです。等身大の子育てを赤裸々につぶやいています。

壁にぶち当たっている感じの長男。
もっと実戦経験が必要な気がします。コンピュータとの将棋もいいけれども、コンピュータは強さが不自然で、多様性がないので、ネット将棋に手を出そうかと思いはじめました。
https://itunes.apple.com/jp/app/id575771493
ただ、長男にこれをやるだけのリテラシーがあるかどうかは微妙なのと、対局途中に止められないから、親子喧嘩が絶えなくなるのが心配です。

小学校の時の同級生の文化祭に行くことになった長女。
Googleによると、赤坂にある学校まで、自宅から約45分で到着の予定。
12時前に出たはずが、学校についたのが、午後3時頃。どういうこと?
確かに独りで電車に乗せたり、地図を見ながら行かせたりする経験をあまりさせてこなかったけれども、ちょっと、ひどすぎやしないかい。
せめて、Googleマップぐらいは使いこなせるようになって欲しいところです。

2人ともに、いまいち盛り上がらない結果でした。切符で遊んだのが唯一の楽しみでした。
特に長男はひどい結果で、不貞腐れて対局をやめて、休んでいました。そういうときに負けてもいいから闘争心をむき出しにして20連敗ぐらいしてみれば、もっと強くなるんだろうけどなぁ。心の問題だと思います。
通算で127勝120敗、勝率.514です。
これは重症ですね。そんなに弱いとは思わないんですけど、1回、先生に習ったほうがいいのかなと思い始めています。このままいくと、勝率5割を切っちゃいそうです。

ちょっとPASMOを忘れたことにイラついたのですが、そんなことじゃいけないと、自分自身の気分転換も兼ねて、印字されている4つの数字を使って、1から10までを作るというゲームを電車の中でやりました。
これ、テンパズルって呼ばれているみたいです。
テンパズル(10パズル)は、4桁の数字を一桁の数字4つとみなし、これに四則演算などを用いて10を作る遊び。メイクテン(make10)とも呼ばれる。切符の番号や車のナンバープレートなどでの短時間の遊びに利用され、日本経済新聞で渋滞時の時間の潰し方として紹介されたことがある。
そう言われてみれば、GoogleのCMで出ていた気がします。
私たちの場合は時間も、たっぷりあるので、10だけでなく、1から10まで全部作ることにしました。意外に盛り上がるし、長男の頭の体操にもなるので、良かったです。最初は、掛け算や割り算を混ぜることが全くできなかったのですが、最後のほうはできるようになっていました。
で、「1」「3」「3」「4」で7を作らなければならなかったのですが、なかなか思いつきません。
(4÷3+1)×3=7
でできるじゃんと思ったのですが、分数を習っていない長男に説明するのは至難の業だったので、断念しました。
子どもに自慢できなかったので、ブログで自慢してみました。

もう、もれちゃう寸前。ああ、公園で野グソ、脱糞はさすがにありえない。
慌てて、家に帰りました。思い返してみると、人生の節目節目でお腹が痛くなる感じ。
http://konchan.net/x/archives/16294
かなりピンチだったけど、今回もギリギリセーフ。ああ、良かった。前の日の火鍋が原因かな。
あ、そうそう、肝心の野球ごっこは、1-9で滅多打ちされちゃいました。体調管理をちゃんとしないといけないですね。

これ、わかる人、教えてください。
先日、長男が受けたけれども、よくわかりませんでした。
採点基準を見る限り、単に部分点をあげるシステムにしか思えないです。おかげで、自己採点よりも点数が上がって、良かったという面はあるんですが。
http://konchan.net/x/archives/22329
日能研ルーブリック
小説や映画などに登場する名探偵たち。彼らの推理や活躍に胸を躍らせる人は多いでしょう。「犯人はあなたです!」という結果よりも、彼らが「謎を紐といていく」プロセスに、その面白さや醍醐味がありますよね。テストでも同じことがいえるといいます。「答え」という結果だけではなく、子ども達の「考える」プロセスをみる。「考える」そのものに焦点をあてた評価をすることが、次への学びにつながるといいます。
プロセス=動いている状況を評価する
いま小学1年生の子ども達が大学を卒業する16年後。アメリカでは、およそ3人に2人の子どもが、「いまはまだ存在していない職業」に就くという予測があるそうです。16年前、日本では携帯電話やパソコンがほぼ大人たちの手元にいき渡った頃でしょうか。それ以降、あらゆるものは情報化され、いまでは、ほぼ世界は手のひらの中に……。この間、確かに「それまで存在していなかった職業」がたくさん生まれました。そう考えるとなるほど、16年後「いまはまだ存在していない職業」は、加速度をつけて生まれていきそうですね。
時代の変化に合わせて、人が活躍する場、その状況や在り方、求められるチカラも変わっていくでしょう。なのに、人に対する「評価」は、前世紀から変わっていない。「成果」や「達成度」をはかる<評価法>から抜け出せない。「成長の限界」や「持続不可能」が言われても。ひたすら「生産し続ける」。地球環境や次世代へのつながりを考えなかった時代の<評価の考え方>そのまま……。「これから生まれてくる職業」に就く人の<根幹となるチカラ>。「当たり前」を疑う。自らが考え、行動し、判断する。他者と協働する。利他的な視点。貢献する喜び。「自らの未来は自らがつくっていく」という当事者意識。それらを<評価>するには従来型では不十分。「成果」や「着地点」という考え方から、「プロセス」=動いている状況そのものを<評価>する。だから、日能研は、子ども達が「学ぶ」の<評価>も変えたいのです。
子どもたちの「考える」を可視化する。
下に掲載したのは、過去の日能研全国テスト、算数の問題。ご覧の通り、子どもたちの解答はさまざまです。日能研は今年も子どもたちの「考える」プロセスに徹底的に焦点を当てるテストを考えています。正解は一つではない。「キミが答えを出すまで」に考えたあれこれ、「いまのキミ」を知りたい。そのための評価方法として開発されたのが≪日能研ルーブリック≫です。ルーブリックとは、何らかの課題や活動を行っていく中で、結果だけでなくそのプロセスを評価するときに用いられる評価方法の一つ。子どもの「いまの学びの状態」について、「〇」「×」という二極だけでない、具体的で育成的な評価が可能になります。
http://www.nichinoken.co.jp/event/free/about/rubric.html

長女に「なんで、この人はこんなに焦っているの?」聞かれ、長男も「いみふー」と同調。もう説明できないので、なんでなんだろうね、来週も見ればわかるんじゃないの、とごまかすのが精一杯でした。
徳川家康(阿部サダヲ)はついに武田との決戦地・長篠へと出陣する。井伊から材木を調達して初手柄をつかもうとした万千代(菅田将暉)だったが、直虎(柴咲コウ)がその動きを阻んだため無念の留守居を命じられることになる。長篠では家康と合流した信長(市川海老蔵)が、鉄砲を用いた奇策を披露していた。この戦に徳川勢として参戦していた直之(矢本悠馬)と六左衛門(田中美央)は不足していた材木を調達した功が認められ、信長と対面することに。褒美として見事な茶碗を賜る。一方、日本一の留守居役をめざし武具を修理し続けていた万千代と万福(井之脇海)だが、小姓の小五郎に手柄を横取りされてしまう。しかし、その働きに気づいていた家康は浜松に戻り、万千代を労う。
http://www.nhk.or.jp/naotora/

長男は、いい感じのときもあるけど、あと一歩が足りない感じです。3連勝して、1つ負けた後に、4連勝というのは惜しかったですね。負けた対局に勝っていれば8連勝ですから。
通算で125勝113敗、勝率.525です。
もうちょっとしたら、昇級のチャンスも出てくるはずなのですが、すぐ諦める性格が災いしていて、なかなか強くならないですね。ミスも多いですし。

日能研の全国テスト、無料だから、そんなに高い要求をしてはいけないとはわかっているものの、生徒の学年別の振り分けだとか、父母の待合室の運用だとか、もっと何とかならないものですかね。職員ばかりいて、機能していないという印象です。
こんな段取りだと、カリキュラムとか、授業とかもその程度なんじゃないかな、と思ってしまいます。
私の塾に対する評価は、合格実績とかよりも、しっかり仕事ができるスタッフで運営されているかのほうを重視するので、ちょっと微妙でした。
一方、肝心の長男のデキも最悪。
終わった後、算数はできた的な発言をしていたので、怪しいと思っていたら、算数もボロボロ、国語もそれ以上にボロボロ。自己採点したところ、あまりの成績の悪さに、ショックだったようで、半べそをかいて部屋に籠って、いじけています。ご飯も要らないそうです。
確かに厳しく採点したので、もう少し部分点はもらえそうな気がしますし、試験問題もかなり難しく、平均点も高くはないと思えるので、順位的にはそこまで悪くはないかもしれませんが、泣いたって、できていないものはできていないのに、すぐに現実から逃避する悪いクセです。
このクセを直さない限りは、きっと、中学受験は無理でしょう。ロクな結果にならない気がします。勉強も中途半端、将棋も中途半端、サッカーも中途半端、ミュージカルも中途半端。なにもかも二流で終わりそう。「継続は力なり」なんですよね、本当に。村田諒太の「やることは決まっている」という言葉を学んで欲しいです。もう少し、何とかならないと困るんですけど。戸塚ヨットスクールにでも入れないといけないんでしょうか。
コツコツ努力できるタイプの長女と違って、前途多難で、かなり厳しいですね。いやあ、こんなに早くに、中学受験をするかどうかの意思決定のタイミングが来るとは思っていませんでしたよ。どうしよう。
はぁ。
そんな風に思っている矢先に長男本人は、機嫌を直していました。
もうっ。でも、それが良いところ。

やっぱり、たこ焼きはタコの存在感が大切だと思うのですが・・・
でも、長女も長男も楽しそうにというか、お互い、張り合いながらたこ焼きをひっくり返していたので、良かったんじゃないでしょうか。
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実際には120%ではなく、85%ぐらいが妥当な比率だとは思いますが。
そのくらいの気持ちで親はいたほうがいい、そうしないとエスカレートして、自分を見失ってしまうから、という点ではその通りですね。
なんでこんなチグハグなスタンスになってしまうのか。それは、ご質問者様の視点が「子どもが自由意思で中学受験に打ち込んでいる」ことを前提にしているからです。これが根源的な間違いなのですね。
誰もが感じていて、なかなか言わないことですが、中学受験なんて120%「親のエゴ」ではないでしょうか。10歳そこそこの子どもが、自分から「あの進学校に行きたい」なんて言うはずがありません。
「将来出世してほしいから」「高い年収を稼いでいい生活をしてほしいから」「塾のテストを受けさせたら成績がよかったから」、あるいは「あの近所の子が中学受験するらしいから」といった親のエゴにより、小学生は中学受験へと向かうわけです。
もちろん、こうした思いは「子どもにいい人生を歩ませてあげたい」という親心から来ているので、まったくもって否定するものではありません。ですが、あたかも最初から、子どもが自分自身で中学受験を志向しているかのようにとらえることには大いなる違和感があります。
私自身、親に言われなければ間違いなく中学受験などしませんでしたし、受験せよと言われてからも、言われるがままに塾に行っていただけです。むろん、受験勉強がすべて退屈だったわけではなく、楽しんでいる面も多々ありましたが、「自分の意思で受験を決意した」とは、口が裂けても曲がっても言えません。
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